世界でいちばん、大キライ。
その言葉に麻美はピクリと反応して、久志の横顔を食い入るように見つめる。

「あー……近くまで来てくれてるんですもんね」

困ったように言いながら、久志はリビングに顔を向け、麻美のちょうど上あたりに掛けてある時計に目をやった。
そして、少しの間の後、何かを諦めたように答える。

「……わかりました。じゃあまた連絡ください。オレも今出ますから」

電話を終えた久志に、麻美は怪訝そうな顔を向ける。
久志はそんな麻美を見つめ、「はぁ」とひとつ小さな溜め息を吐く。

そして、ジャケットのポケットに手を入れて何かを取り出すと、その手を麻美へと差し出した。

「麻美。悪いけど、おつかい頼まれてくんねぇ? あのカフェ近くのコンビニだから」
「おつかい……って」

目を剥いて久志を見上げる麻美の視界に、大きな手のひらに乗ったクマのチャームが目に入る。
それを見て、やはり桃花との約束だったのだ、と確信する。同時に、カッと頭に血が上ったように久志を睨みつけた。

「これっ。桃花さんに返しに行くんでしょ? それが先約なんでしょ? 今の電話、なに?  仕事じゃないよね?」

ソファから勢いよく立ち上がると、ものすごい剣幕で久志にまくしたてる。
自分の手に桃花のものを渡されたということは、久志が桃花よりも今の電話の主を優先するということだ。

「いつも、そんな急に仕事になるなんてないもん!」

普段はあまりにも大人びて、ませた子どもの麻美だが、今の姿は年相応のもの。
聞き分けのない子どものような態度と口調。

それは久志も驚くものだったが、麻美自身でも気付いていた。

なにをそんなに必死になって――と。
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