櫻の王子と雪の騎士 Ⅰ




その日は突然やって来た。



プリーストンの兄弟が狙われたのだ。



軍に所属する大人達すら適わぬ戦闘能力と、人並み外れた強大な魔力を持つ、プリーストンの兄弟。



いつかわ狙われると思っていた。



二人が家にいる時、奴は現れた。



そして、二人は闘ったのだ。



当時から二人の魔法を扱う力は長けており、特殊部隊と対等にやりあえる程だっという。



初めは二人が優勢だった。



それなのに



その時のことは、忘れもしない。



「......俺は、左眼に《石》を入れられた」



自分の左目を押さえ、当時を思い出しながら言う。



入れられた《石》は、強烈な痛みと共に、魔力吸い取っていった。



魔法使いにとって、魔力は生命力そのものだ。なくなってしまえば、命を落としたのと等しくなる。



殺人鬼はジンノを助けるのと引換にルミに着いて来いと言ったのだ。



フェルダン王国も含め、この世界において、ルミアの持つ氷属性の魔力は数少なく、何より美しかった。



今思えば、初めから奴の狙いはルミアだけだったのかもしれない。



心優しいルミはやつに連れられ、ジンノは残された。



勿論、奴が言葉通りジンノを救うはずもなく、ジンノは最後まで苦しみ続けた。



その痛みと、最愛の妹を救えなかった苦しみで。



弱い自分への怒り、妹を失う悲しみ、妹を傷つけようとしている奴への恨み。



全てがジンノの中で渦巻き



そして



爆発した。



ジンノの暗い感情は自身の強大な魔力を飲み込んで増幅し、魔力を吸収する《石》さえも飲み込んだ。



左眼は何も撮さない。



体の中だけに抑えきれなくなった魔力を入れるだけの、ただの入れ物と化した。



目から血を溢れ出し、痛みに苦しみながら、ルミアのあとを追った。



追って、追って......



その先にあったのは、血濡れになり、数々の暴行を受けて、倒れているルミアだった。



辺りは雪が積もり、尚も、しんしんと降り続いていた。



ゆっくりと近付き、その頬に触れる。



肌は白くて、冷たくて



それはもう、生命を失ったものの温度だった。



生きた右目から、たくさんの雫が溢れる。



涙が溢れ、目の前がにじむ。



悔しくて悔しくて、歯を食いしばることしか出来なかった。



きっと何も抵抗できなかったんだ。



力はあっても、自分の命をかけて脅されて



抵抗できただろうに、心の優しい彼女はそう出来なかったかったんだ。



自分よりも何倍も弱くて細くて小さい手を握りしめる。



それは氷みたいに冷たくて、雪みたいに触れれば溶けてなくなるみたいに脆く儚かった。



その時初めて



ジンノは



ルミアの《死》を、



その手に感じたのだった



────────




< 107 / 195 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop