櫻の王子と雪の騎士 Ⅰ
記憶に関しては、何も言えないが。
その時、何も言わずに傍にいたエンマが動き出した。
「ルミ様には、12歳以前の記憶がないそうです
あちらの世界でも殺人鬼に襲われたらしく、酷い怪我を負った状態で発見されたと仰っていました」
二人がエンマを振り向く。
ちょうど、三日前。
シルベスターが狙われた二度目の国王襲撃事件だ。
あの日、いつも通りルミは影の部屋に来て、シェイラと様々な会話をしていた。
その中で、何がきっかけだったのか、彼女はシェイラに過去を話し始めたのだ。
「目が覚めたのは、真っ白な病室のベッドの上でした。周りに誰かもわからない人がたくさんいて、ざわざわとしていて
自分は何でここに居るかも分からないし、体中痛いし、自分自身があやふやで分からなことばかりでした
暫くして、スーツを着た人が現れて私の事を教えてくれたんです。不思議ですよね?自分の事を他人に教えてもらうなんて。しかも聞いてたら、私家族が誰もいないっていうんです、びっくりですよ。親戚もいないらしくて、怪我が治ったらすぐに施設に預けられました。それから、私はずっと一人です」
笑いながら話してはいたが、シェイラは辛そうにそんなルミを見つめていた。
きっと想像したんだろう。記憶のない幼い少女が向き合った現実は、誰一人『自分が』知らない人、そして誰一人『自分を』知らない人なのだ。
誰か一人でも、自分を知り、傍にいて自分を教えてくれる人が居てくれれば、それだけで違うだろうに。
彼女は本当に独りぼっちだったのだ。
ずっと。
その話のあと、彼女は外の異変を感じ取り、影の部屋を去っていった。
エンマは二人にその時のルミの話をして聞かせた。
オーリングはその話を聞いて、シェイラと同じように悲痛な表情をしていたが、ジンノは違う。
きっと、二人が同一人物であるというジンノの中の仮説がより一層真実に近づいたのだろう。
エンマもその話を聞いて、そう確信したのだから。