櫻の王子と雪の騎士 Ⅰ
「ったく......よく聞いとけよ?第二王子セレシェイラ陛下は確かに八年前のあの日、亡くなられたことになっている」
「ああ、俺もそう聞いてるよ」
「だが、実際はそうじゃなかった」
「え?」
歩みを再開させながら困惑するエルヴィスに対し、アルマは続ける。
「......あの日から数日前、セレシェイラ王子姿を消したんだ」
「姿を? 失踪という事か?」
八年前。
王族の四大分家ヘリオダス一族が壊滅した事件が起こった日。
プロテネスに続き、またしても王族が狙われたとあって、国中が騒然となった。
そんな最中の出来事だった。
第二王子セレシェイラが姿を消したのだ。
幸い、そのことは城から漏れ出ることなく、位の高い大臣や王族たちの間だけで長く話し合わた。
アルマはその時の大臣たちの会話を薄らとだが覚えている。
『ヘリオダス家に続き、第二王子までも行方知れずになるとは......』
『この事実が他国に知れればまずいことに......』
『こうする他あるまい』
当時、フェルダン王国はある大国との戦争を控えていた。
だからなのだろう。
大臣たちはセレシェイラを行方知れずになったのではなく、病死として公表したのだ。
敵国に不安を見せてはならない。
だからこその偽り。
そして今に至る。
アルマの話を聞き、首をかしげるエルヴィス。
「そんな事があったのか...でも第二王子だぞ?戦争間近だからと言ってそのような扱いを受けるものなのか?」
エルヴィスの意見はもっともだ。
普通の王子であれば、そのような扱いを受けるはずがない。
「あの方が、普通の王子であれば、な......」
ようやく二人は闘技場の観覧席へつながる扉の前に立った。
集まっていた衛兵たちは二人を確認するとすぐに離れていく。
残ったのは、観覧席の前に立つ少年のみ。
茶髪と金髪が織り交ざったような特異な癖のある髪は、不揃いに切り揃えられている。
振り向くその青年は、王族特有の力強い黄金の瞳を持っていた。
きらりと左耳の黒曜のイヤリングが輝く。
顔を知らなくとも分かる。
彼は王族なのだと。
無意識だった。
自然と体が動いていた。
アルマとエルヴィスは、セレシェイラを前に、跪く。
胸に掲げられたフェルダンの文様に手を当てながら。