櫻の王子と雪の騎士 Ⅰ
「そろそろお時間が......」
「ああ分かった、直ぐに出るよ」
失礼致しました
そういって頭を下げ、病室をあとにするエルヴィス。
それを見送りルミの方へと向き直ると、目をパチクリと見開きシェイラを見つめる彼女がいた。
「どうしたの?」
なにか自分は変なことを言ったのかと困惑する。
ルミは戸惑いながらも、つっかえつっかえシェイラに尋ねる。
「い、今.........エルヴィスさん、シェイラさんの事、『陛下』って......」
それを聞いて、ああ、と納得した顔のシェイラは苦笑いをしながら答えた。
「まだ、言ってなかったか...
俺の本名は『セレシェイラ・フェルダン』
現国王のシルベスター・フェルダンは俺の兄で、俺はこの国の第二王子だよ......全く役に立たない無能な、ね」
「!!」
お、王子、様............
「嘘......私、失礼な事、たくさん............」
今までの自分の行いが次々と思い返される。
(名前まで違ったなんて......私、何にも知らなさ過ぎ)
後悔と情けなさで更に落ち込んでいると、シェイラは
「気にしないでよ、君と俺は大切な『友』だと思ってる
だから、これまで通りに接して欲しいし、名前も勿論シェイラのままでいい......むしろ、その方が俺は嬉しいから......」
と、苦笑いのままルミにそう伝えた。
その時
(あ、............)
一瞬悲しそうな表情が垣間見えた気がした。
ひどく辛そうで苦しそうな顔。
しかし、それは本当に一瞬だけで、まばたきをした次の瞬間には先程までの穏やかな優しそうな笑だけが残っていた。
その笑顔でさえもこの時ばかりは本当の姿を隠す仮面のようにルミの目に映る。
もしかしたら、彼は王子であるからこその苦しみを抱えているのかもしれない。
八年間もどうして影の部屋に篭っていたのかなんて、最近やってきたばかりの新参者にわかるはずもない。
それでも
(記憶さえ、戻れば......)
そう、記憶さえ戻れば、たとえ彼の『友』としてでも、支えとなれるかもしれない。
彼の苦しみを少しでも理解できるかもしれないのだ。
(こんな苦しそうな顔、させたくない)
桜の花のように、暖かい春を呼び込むような柔らかな笑顔。
それを、けしてなくしてはならない。
不思議と、決意するようにその言葉が頭の中に響いていた。
それは『ルミ』の本心であり、その中に眠る『ルミア』の本能でもあったのかもしれない。
まだ、気づくことの出来ない自分の心。
しかし
残された全ての運命と言う名の歯車が噛み合い
急速に動き始めるまでに残された時間は
後、僅か
そのカウントダウンはもう
既に、始まっていた───────