櫻の王子と雪の騎士 Ⅰ
パタンと静かに扉の閉じる音が、白い病室に響く。
その音を聞き、ルミはホッと息を吐いた。
知らぬ間に緊張していたのかもしれない。
肩の力が抜け、ぼふっとベッドに横たわった。
目を閉じるとまだ、帰り際のシェイラの笑顔が思い浮かぶ。
同時に胸が締めつけられる。
「シェイラさん............」
苦しい顔も悲しい表情も、嬉しそうな顔も見ることはできても、その理由までは分からない。
彼の支えになりたい。
それがルミの頭を支配する。
その為には、まず記憶を取り戻さなければ。
この国が自分の故郷で、ここで生きてきた時間があるのなら、記憶を取り戻せば何か力になれるかも。
もし、魔法が使えたりすれば、それだけで大きく変わる。
(やる事は一つだけ......記憶を取り戻すんだ......)
固く決意するように、目を閉じ、その言葉を頭の中で反復した。
その時
ヒュウゥー
(さむっ!)
開けた窓から吹き込む冷たい風に、ブルっと体を震わせた。
窓を閉めようとベッドから降り、そこへと近づく。
茜色の空はすっかり様変わりし、漆黒の夜空に満天の星と真ん丸な月が浮かんでいる。
(満月か......)
この世界の夜空は本当に美しい。
以前いた世界と違い、人口の光が星の光を遮らないからなのだろうか。
星屑の輝きは何者にも遮られることなく人々の目に届く。
ひんやりと冷たくなった夜風がルミの髪をさらりと吹き上げた。
(シェイラさんの言う通り、寒くなったな......)
この世界に季節というモノがあるなら、もう直ぐ冬になるのかもしれない。
美しい夜空を充分に堪能し終わったルミは、静かに窓を閉めた。
その時
ルミの視線が、不意に、閉めた窓を向いた。
正確には、窓に映る自分の姿に。
「・・・・・・・・」
呆然と自らの姿を凝視するルミ。
頭の中の、それも何処か隅に置き忘れた何かがあって、それが急に頭の中で主張し始めているようなそんな感じがする。
(何か......何か、思い出せそうな......)
窓に映る自分の姿。
(......そう、これをどこかで......)
───────早く、私の元へ
「......あ、」
───────《白亜の女神》の元へ
「ああぁーーー!!!」
忘れてた。
やっと思い出した。
夢の中の、自らを《白亜の女神》と呼ぶ、自分と全く同じ姿の人のことを。
時間がないと、自分の元へ急げと言っていた夢の中の人のことを。