櫻の王子と雪の騎士 Ⅰ














王宮に最も近い一等地の一際大きな屋敷。



外壁は真っ黒。



屋敷の各所には恐ろしい形相の悪魔(ガーゴイル)が設けられている。



カラスが飛び交い、壁には蔦が這うオバケが出てきそうな程におどろおどろしい。



王都の鮮やかな街に似つかわしくない、孤立したその建物の中の一番奥の部屋に二人の男がいた。



窓の外では無数のカラスたちが声を鳴らす。



そんな外の様子を眺める一人の男性。



そのすぐ後ろにもう一人の男が俯くようにして跪く。



「..................」



何も言わずに外を眺める男は、ゆっくりとその手の中のワイングラスをまわしていた。



鮮血のように鮮やかな赤のそれが芳醇な香りを放ちながら音を立てずに静かに揺れる。



「..................この国の夜は実に美しい」



星の降るような夜空を見上げ、そんな言葉を零す。



「......ああ、早くこの闇が世界を包み込む、その時がこないものか......」



男は悲しみ憂うようにそう呟いた。



それに答えるように背後に跪いた男が口を開く。



「ご安心下さいませ、旦那様
もう直ぐ...もう直ぐにございます」



恭しく頭を下げるその男をちらりと一瞥し、旦那様と呼ばれた窓際に立つ男は「............そうか」と小さく呟いた。



「この世界を闇が支配する、その始まりの地とするに、その国ほど相応しい場所などない」



男は徐々に深まる夜の空を見上げ、言う。



「とうとうここまで来た...長年の夢が我が手中に...
......抜かるなよ、お前の言った通り特殊部隊の騎士たちをできる限り国外へと追いやってやったのだ」



「勿論にございます」



「先日のように逃げ帰ることがあってみろ、次は貴様の首をはねてやる」



冷酷なその声に跪いた男はびくりと肩を揺らす。



「ふん......まあ、奴らを外に留まらせておくのは時間の問題、現にプリーストンの小僧は静止も聞かずにいち早く舞い戻って来たようだがな...全く、獣のような男だ」



ジンノ・プリーストン



魔王と恐れられ、最も大きな障害となるであろう男



「実に、我が下僕にふさわしい......惜しい男よ......」



ワインを煽りながらそう呟く。



「残りの騎士達が戻る前に、さっさと終わらせておけ。時間が経てば立つほど面倒なことになりかねん......いいな?」



「御意に...」



忠誠心に満ちた恭しいその返事を聞くと、男はワインを飲み干し、空になったグラスをそのまま手放した。



重力に従い真っ直ぐ下に落ちていく。



パリィ―...ン



一秒もせずに音を立てて割れたそれを、冷めた目で見つめ、男は言った。



「...如何に強く美しき殻をかぶろうとも所詮中身は皆脆いもの......ほんの少し外から力を加えてやればたちまち崩れていく
......後少しで外を囲う全てが崩れるぞ、どうするフェルダンよ......」



背後の男はいつの間にか姿を消し、嘲笑うかのような微笑を残す男の声は、カラスの鈍い声に阻まれ闇の中へと消えていったのだった





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