櫻の王子と雪の騎士 Ⅰ
乳白色のクリスタルで作られたそれは、薄い布を身に纏った少女だった。
胸元を手で隠し、瞼を伏せたその像はまつ毛の一本一本まで丁寧に彫られており、とても人間業とは思えないほどに細やかな造形をしていた。
少女をそのままクリスタルにしたと言っても疑わしくないほど。
何より、今にも動き出しそうなその白い少女の像はルミにそっくりだった。
「うそ......」
それを目にした今でさえ、信じられない。
「改めて見ると...そっくりどころじゃないな、そのままだ」
ジンノも驚いたようにしてそう言う。
円形の祭壇のまん中にポツンと置かれたそれにゆっくりと近づく。
目の前に立つとまだ信じられなそうにそれを見上げそっと触れた。
(冷たい......)
異様に思えるくらい冷たいその温度を感じながらじっと見続ける。
呆然とするルミのすぐ後ろで、ジンノは静かに口を開いた。
「......その女神像は、十年前の...ルミアがなくなったその日に、この場所に現れた」
ルミアが亡くなった当時、左目の痛みと最愛の妹を失った苦しみにのたうち回るジンノは何人もの医師たちに抑え込まれ、病室に閉じ込められていた。
実家である教会に戻ったのは数日後。
戻ったと言っても許可を得てそうした訳ではなく、医師たちをはねのけ病室を抜け出したのだが。
全治数年と言われるほどの大けがを負ったまま、フラフラの体で教会へと向かう。
妹の面影を追って...
そして、ジンノは目にしたのだ。
色とりどりの淡い光の降り注ぐ中に佇むその姿を。
助けることのできなかった愛しい妹と同じ姿のその女神を。
「白亜の女神という名は、親父...俺達の父が名付けた」
「え...お、お父さんが...」
(いたんだ...)
今まで一度も話題として上がることのなかった自分の父親の存在が出てきたことで、ルミアは一度視線をジンノへと向ける。
「白亜の女神は何もその容姿から名付けられたわけじゃない...親父は昔から、ルミア...お前のことをそう呼んでいたんだ」
ルミアを溺愛していた父親は彼女が物心つくころから、美しい白髪と麗しい美貌を持って生まれた実の娘を白亜の女神と呼んでいた。
その実の愛娘を亡くし絶望する父の目の前に現れた、彼女とうり二つの像。
「親父も俺も思ったさ...その像はお前の、ルミアの...生まれ変わりだとな...」
そうとでも思わないと、心が壊れてしまいそうだったから。
父親も、もちろんジンノ本人も。
当時は本当にそれにすがって生きてきた、それなしでは生きていけないほどに。