櫻の王子と雪の騎士 Ⅰ












白い光に包まれた。



そう、あの時、夢の中でもそうだったように。



目の前にいるはずの女神像はもういない。



今いるのは



目を開き、その中の深い藍色の瞳で自分を見つめる女性。



長い白髪は静かにたゆたい、細く長い手足はクリスタルではなく傷一つないきめ細やかな肌をもつ。



身にまとう薄い布をゆっくりと引きずり近づく彼女の赤い唇が、そっと言葉を紡いだ。



『待っていたよ...十年、ここで、ずっと...』



優しい笑みでルミを見つめる目の前の人。



鏡に映る少し大人になった自分を見つめるような変な感覚がする中、ルミはようやく口を開いた。



「...っあ、あなたは一体...」



それを聞くと、彼女はふっと微笑み、そして言う。



『夢でも言った...私は、白亜の女神
私は...お前だと』



「! も、もっと分かりやすく...」



困ったようにそう懇願するルミを見て、目の前の人は、今度ははぁとため息をついた。



『本当に、何も覚えていないんだな...自分でやった事なのに』



「え?」



『まあ、だからこそ、か...いいよ、全部教えてあげる
時間ないことだし...』



おいで。



そう言ってルミに手招きをし、目と鼻の先にまで近づいた彼女は、ゆっくりとその額と額をあわせる。



氷のように冷たいその額がルミのそれと完全に触れ合ったその瞬間。



「っ!?」



ルミの頭の中に膨大な何かが流れ込み始めた。



いくつもの音や写真が映像のように、何度も何度も。



(な、何!?...これ)



同時にキリキリと締め付けるように痛み出す頭。



「はぁ、はぁっ、はぁっ」



呼吸が荒くなり、額をつけている白亜の女神を押し飛ばす。



「うぅっ!!」



(痛いっ...痛い...!)



それでもなお痛み続ける頭を両手で押さえる。



まだまだ止まる気配のない頭に流れ込む、何か。



『それは、十年前のあの日までの記憶...』



苦しむルミを無表情で見つめる白亜の女神はゆっくりとそう話し始めた。



『思い出せ、あの日何があったのか...お前はいったいどんな人達に囲まれ、どんなふうに生きてきたのか...』



次第に視界が白く霞み始める。



力が抜け、膝をついて倒れ込んでしまう。



朦朧とする意識の中で、白亜の女神の声だけが最後にぼんやりと聞き取ることが出来た。



『... 運命に抗うな。例えそれがどんなに辛く悲しいことで、信じられない程に悲痛で苦しい結末でも、抗うことは許さない。それが運命だというならば...
 思いのままに謳え
 思いのままに躍れ
 思いのままに...それを...運命を、全うしろ』



 と......



そのままルミの意識は、深い闇に飲み込まれていった──────





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