櫻の王子と雪の騎士 Ⅰ
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それはある日の真夜中。
扉の隙間から漏れる光に気が付き、ルミアはゆっくりと近づいた。
「いい加減にしてちょうだいっ!!あなたはいっつもあの子の事ばかりっ!!!」
「いい加減にするのはお前の方だろ! ルミアをいじめてどう言うつもりだ!」
中から聞こえるのは二人の男女の声。
「ルミアは俺の娘だっ!馬鹿な勘違いするんじゃない!!」
「あら、よくそんなこと言えたわね!だったら、あなたも限度ってものを考えてくださらない?何が『白亜の女神』......異常なのよっ!あなたのあの娘に対する愛情はっ!!」
「俺は女神に間違った愛情を向けているとは思わない、だいたいまだ7つだぞ!」
「あと十年も経てば立派な女性よっ!!!」
ヒステリックに叫ぶのはルミアの母親。
それをなだめるのは父親だった。
「あの子が、あの子がいけないんだわ......
あの子さえ居なくなれば......」
「おいっ!お前っ俺の女神に向かって何て事を!!?」
「あの子さえ居なくなれば、あなたは私のもの...!」
いつからだろう。
父親からの異常な愛情を受けるようになったのは。
母親からの異常な嫉妬を受けるようになったのは。
自分を見つめる目はもう、家族に見せる優しいそれではなくなった。
もう、そこには『家族』なんてなかった。
自分がいることでその全てを壊していく。
大好きだったものが自分のせいで離れていってしまう。
どんなにいい子になろうとしても、それはもう修復できなかった。
いつも思っていた。
どうしたら元に戻るのかと。
目の前で母親が心の中のつもりに積もった憎しみのその全てを吐き出すかのように、叫ぶ。
「あんな子、私の子供なんかじゃないっ!!
あれは『悪魔』よ!全ての幸せを壊していく『悪魔』だわっ!!いなくればいいのよっ!!
私の目の前からいなくなればっ......!
死んでしまえばっ!!!」
でも、この時知ってしまった。
本当に欲しいものを手に入れるには、自分が消えるしかないのだと。
キィ......
「!?ルミアっ」
気がつけば、ルミアは二人のいる部屋へ入っていた。
驚きのあまり固まる二人。
ルミアはゆっくりと二人の前へ踏み出す。
そして
「ごめんなさい」
小さな口がそう動いた。
「いい子になれなくて、ごめんなさい」
「いうこと聞けなくて、ごめんなさい」
「壊してしまって、ごめんなさい」
「生きてて、ごめんなさい」
ロボットのように何の感情も読み取れない、無表情。
何度も何度も彼女は言う。
「ごめんなさい」と。
そして
「生まれてきて...ごめん、なさい」
両親にその存在を否定されたわずか七つの子は最後にそう言った。
その頬に一筋だけ、涙の跡が残っていた。
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次の瞬間、ふっと目の前が暗くなり
また、場面は変わる。