櫻の王子と雪の騎士 Ⅰ
「闇を見に纏い、影を支配する《あれ》は、まさしく《悪魔》の化身と言っていいだろう
姿かたちを持たない《あれ》は、ノア以上に様々な姿に変化してしまう」
そう、例えば──
「そこに倒れている《ヒト》とかね」
視線の先には、気を失っているセレシェイラ。
「まさか......1?」
そのまさか。
とでも言いたげに、ジンノはにっと笑った。
そして
セレシェラの体から黒い靄が出始める。
瞬く間にその靄は広がり、全身を包み込んだ。
それがギュッと縮こまったかと思うと、一瞬にして空に飛びあがる。
舞い上がったそれはジンノの元へ降り立った。
「ご苦労さん、エンマ」
「何の事はございません、ジンノ様」
降り立ったそれは、赤黒い焔を纏った巨大な鳥だった。
その姿は、いわゆる不死鳥《フェニックス》と言えるだろう。
「相変わらず目立つな、それ。あの小人型の方がいいんじゃないのか」
「あれは少し堅苦しいんです。こっちの方が開放感があるんですよ」
当たり前のようにそんな会話をする。
異常な光景にオーリング、ユーベルは声も出せずに、ただただユニコーンに肩を並べる伝説の神獣を見つめていた。
しかし次第にユーベルの顔に怒りが浮かび始める。
実際、ジンノに完全にバカにされ恥をかかされたようなもの。
しわにまみれた顔を真っ赤にさせ、ジンノたちを睨み付ける。
「貴様らっ、儂を馬鹿にしおって!! 許さん...許さんぞーーー!!
かかってこい!!すぐにセレシェラの居場所を吐かせてくれるっ!!!」
怒鳴り散らすユーベル。
しかしジンノは、鼻で笑った。
「おいおい、勘違いしてもらっちゃ困る
お前の相手をするのは俺じゃない」
「......な、何を、言ってるっ、どういう事だそれは!!」
サングラスごしの不敵な笑みは、凍りつくほどに冷徹で恐ろしい。
震える声で言い返すユーベルに、ジンノはまるで楽しそうに話し出す。
「貴様の相手をするのは────」
ビュウウーー!!
突然、一際強烈な風と雪が3人の間を通り抜けた。
ユーベルとオーリングはその勢いに押され、腕で顔を覆い目を閉じる。
吹雪が止み、目を開けるとそこには───
風にさらりとなびく真っ白な白髪。
長い睫毛の下からゆっくりと覗く大きな深い藍色の瞳。
降り止まぬ雪の中に佇むひどく美しい姿は、確かに見覚えのあるその人で。
ジンノはサングラスを外し、目を細めて彼女の名を呼ぶ。
「───俺の妹、ルミア・プリーストンだよ」