櫻の王子と雪の騎士 Ⅰ
雪が止む。
辺りが静寂に包まれた。
「お帰り、ルミア」
久しぶりに聞く優しい声が、彼女の鼓膜を震わせる。
それに答えるように、振り返る彼女の笑顔は、それはそれは美しかった。
その姿は確かに『ルミ』なのだが、もう以前の『ルミ』はいない。
大人びた表情も
腰辺りまで伸びた完全な白髪も
吸い込まれそうな藍の瞳も
その全てが
ルミア・プリーストンのもの。
この時初めて、ジンノは思った。
ルミアが帰ってきたのだと。
「ただいま」と返すルミアを見つめ、細めた目から涙が溢れる。
ルミアは、ユーベルと向き直る。
対峙した二人の間に緊迫した空気が流れる。
息を飲みそれを見つめるオーリング。
「だ、大丈夫なんですか
ユーベルの相手を、ルミちゃんがするなんて......」
ジンノの妹であるルミアを知らないオーリングには、目の前に立つ彼女はあくまでも、突然この世界にやって来た魔法を使えないごく普通の少女『ルミ』にしか見えないのだろう。
不安そうにそんな言葉を漏らすオーリングに、ジンノは言う。
「あいつはもうお前の知っている『ルミ』じゃない。
俺の妹の『ルミア』だ、心配するな」
それに......
ジンノはルミアの後姿を見つめながら、笑った。
「ルミアは《天才》なんだよ」
ズズーン......─────
直後、地響きとともにその言葉を証明するかのような光景が辺りを埋め尽くした。
城全体が分厚い氷で覆われる。
黒いローブの男達も一緒に。
もう、その場に立っていたのはルミア、ジンノ、オーリング
そして、目を丸くしてぽかんとするユーベルだけだった。
分厚い氷は王宮だけに留まらず、王都全体に行き渡る。
それは的確にローブの男達だけを一緒に飲み込みながら。
「ごめんなさい、久しぶりだからやり過ぎたかしら」
呪文を唱えることはなかった。
彼女はただ自身の魔力を開放しただけ。
それだけで王都全体を氷の王都に変えてしまう。
「圧倒的な魔力の量、それを完璧に操るセンス
体術や知識量に関しても、その全てにおいてルミアを超える者を俺は知らない」
幼い頃からルミアを一番そばで見続けた。
だからこそ分かる。
彼女は《天才》であると。