櫻の王子と雪の騎士 Ⅰ
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「シェイラさんっ」
懐かしいその場所に彼の姿を見つけ、ルミアは思わずその名を呼ぶ。
ルミアの声に、跳ね返るように振り向くシェイラ。
その顔は、今までで見たことをないほどとても穏やかで優しげな笑に溢れていた。
わずかに赤く色づく頬はきっと、空を赤く染める夕日のせいだろう。
彼の元にゆっくりと近づく。
十年ぶりのその場所は特に代わり映えもない。
あえて違うのはルミアとシェイラ自身だろう。
「久しぶり、って言っても二日ぶりか」
「そうですね、でも私も長く会ってないような気がします。...何ででしょうね」
目の前に立ち、自身の不思議な感覚について笑いながら話す。
実際記憶を取り戻してから彼に面と向かって会うのは今日が初めて。
尚且つ記憶自体は十年前で止まっている。
久しぶりだと感じても不思議はないのだ。
「・・・・・・・」
「・・・・・・・」
それからというもの、二人は特に何を話すでもなく、ただ黙って風にあたっていた。
徐々に夜へと姿を変えていく空。
少しだけ寒さの増した柔らかい風。
あたりを支配するしんとした静寂は、居心地悪くはない。
むしろ心地よく感じられる。
ルミアとシェイラは、時が過ぎるのを忘れ
あの頃に戻ったかのように、大木の下に腰を下ろし、静かに寄り添っていた。
──────────
空に満天の星が浮かび始めたころ。
「なあ、ルミ」
「ん?」
「あの日の、最後の約束...覚えてる?」
十年前、あの日に交わして果たせなかった最後の約束。
「君は俺にこれをくれた」
左耳に光る漆黒のイヤリングにそっと触れながら言葉を続ける。
「その礼がしたかった」
シェイラはそう言うとおもむろに立ち上がり、大木にその額をつける。
(シェイラさん...?)
何をするのだろうかと、興味深げに見つめるルミア。
シェイラがゆっくりと瞼を下ろしていく。
次の瞬間。
「!! あ...」
彼の体が淡く光りだした。