櫻の王子と雪の騎士 Ⅰ
◇
―――それは今朝の出来事
「オーリング様!
こっちの畑もお願いしまぁーす!」
「はいよー」
「オーリィ様、こっちにもぉ」
「OK、OK!
ちょっと待っててねぇ」
今日でこの村に来てから一週間。
(だいぶ、復活してきたかなあ......)
畑の作物たちやその土壌、それに流れる川の水。それらに触れながらオーリングはそう感じていた。
「いやぁ、オーリング様のおかげです!ここまで村が元に戻ったのは!!」
「いやぁ、俺の力じゃないですよ、全ては村の再建の為に頑張っていたあなた方の力です!それに、こちらの都合でいつもより急ピッチになってしまい申し訳ない。」
「いえいえ!めっそうもございません!
オーリング様が来られていなかったらどうなっていたことか......!」
ここはフェルダン王国の南にある小さな村。連日の日照りで作物は枯れ、干ばつに苦しんでいた。蓄えていた食物も底をつき、もうダメかと思われた時にやって来たのがオーリング。
彼は王族直属の魔法使いの一人。
このような干ばつ、飢饉、自然災害などに苦しむ、王都の役人ではカバーできない小さな村や町を回り、再建のサポートをしているのである。
特に彼は、自身が使える魔法の種類・質共にほかの魔法使いよりもこういった村の再建に最も向いていた為、これらの仕事の大部分はオーリングが担当していた。
しかし、オーリングの良さは他にもある。
それは、王族直属の役人だと思わせないその人の良さである。
以前まで、こう言った小さな村までは王都の役人たちの手は伸びなかった。
そのために無くなってしまう村や町は多くあった。
結果、彼らの王都の役人に対する評価はそれは酷いものだったと言う。
それを今の状態まで回復させた張本人がオーリングその人なのだ。
村の人々とコミュニケーションを取りながら、その豊富な知識と質の高い魔法の数々を、それに頼りすぎることなく、人々と力を合わせ、土地を元に近い状態に戻していく。
それが繰り返される中で村の人々の王都の役人達に対する不満は薄らぎ、今では比較的良好な関係が築けている。
主にオーリングに対する厚すぎるほどの信頼がそうさせているため、仮にオーリングがその仕事を辞めてしまえば一気にその関係は崩れてしまうだろう。
それ程にオーリングの働きにおける功績は偉大なものだった。
だが、そのオーリングの後ろにはこの仕事を考え出し、それにオーリングを抜擢した者がいる。
オーリングはその人こそが最も評価されるべき人だと考えていたのだが、その人は一切表に立つことはない。
こうやって感謝される度に思う。
自分ではないと。本当に彼らのことを考え、動いた人は違うのだと。
自分は言われたままに向かい働いているだけなのだから。
(あの人は今......)
オーリングは複雑な面持ちで、上に広がる雲ひとつない真っさらな青空を見上げる。
この村に来るひとつ前の村で王都からある電報が入った。
その内容は『至急王都に帰還せよ』それだけ。
自分が考えられる最悪の自体を想像する。
もしそれが現実に起こっていたら、『あの人』はもしかしたらこの世にはもういないかもしれない。
一刻も早く王都に戻りたい。いや、戻らねば。
その一心で寝る間も惜しんで働いた。
本来ならば1ヶ月程かけて村全体の再建をしていくのだが、今回はわずか一週間でその全工程をやりきった。
無視はできなかった、例え自分の中で最も大切な人の一大事だったとしても。
何よりその人が望まないと思ったのだ。助けを欲している村を無視して駆け付けたと知ったら、きっとあの人は助かったとしても悲しい目をして自分を見ることだろう。
「オーリィ様、大丈夫ですか?」
「.........あ、うん大丈夫!」
荷物をまとめながらついついボーッとしてしまう。
ちょうど今日、この村での仕事を終えて、王都に向けて出発するところだった。
「オーリィ様、少し休まれた方がよろしいのでは...」
この一週間、ろくに睡眠も取らず働き続け、その上休みも取らず王都に出発となれば、村の人々が心配するのは当然だ。
オーリングはこの村の大恩人なのだから。
「大丈夫です!
体力には自身がありますから!!それに王都までは後少しですからね、とっとと行って、ちゃっちゃと仕事終わらせて、ゆっくり寝ますよぉ」
「そうですか...」
村の方としては、これだけ働いてくれたオーリングにお礼の一つや二つでもしたいというものだが、本人にそう言われてはどう仕様もない。
「それでは!また何かあればすぐに呼んでくださいね!!
みなさんお元気で!」
こうして、オーリングの王都へ向かう旅が再スタートしたのだった。