櫻の王子と雪の騎士 Ⅰ
ことの発端はたった数十分前のことだ。
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オーリングは、ルミと共に王都に向かっていた。
その道中、物騒な叫び声を耳にし、声のする方へと向かったのだ。
すると、美しい自然の象徴とも言われ、守り神として神聖視される一角獣ユニコーンを捕え、挙句殺そうとしている商人の一団に出会った。
信じられない光景だった。
豊かな自然とそれを汚すことなく共存する村々を作り上げることを目的としているオーリングにとって、ユニコーンの存在はとてつもなく大切だというのに、それを自分の前で縛り上げ殺そうとしている輩がいるということに、普段は寛容な彼の堪忍袋の緒は簡単に引きちぎられた。
怒りのあまり、声を荒げ怒鳴り、男達に詰め寄った。
相手にも言い分があったようだが、その時のオーリングにはそれを聞き入れようとする余裕すらなかった。
しかし、その間に入ったのがルミ。
静かだけど芯の通った綺麗な声は俺たち大人の騒がしい声の中でも凛と響いた。
そして最も中立、誰に加担するわけでもない正しい意見を述べた。
落ち着いたその声と態度のおかげで僅かにオーリングの怒りは収まり、少しばかり意見に耳を傾ける気になった。
だが、話を聞いていくと、男達はこのユニコーンが人を殺したのだという。
そんなことがある筈がない。
本来ユニコーンという生き物は気性が最も大人しい生物であり、かつ自身の気高さから人に近づくことが滅多にないのだ。
それなのに、人に近づき、その上襲うなど......
やはり、考えられない。
しかし、この商人達が嘘を言っているようにも見えないし、理由もなく捕え殺そうとするとは思えなかった。
何を信じたらいいのか分からないこの状況に一人悶々と考えていると、彼女が、ルミが動き出した。
一歩ずつユニコーンに近づいていく。
「ルミちゃんっ!?」
「嬢ちゃんっ、ダメだよ!近づいちゃいけねえ!」
目でその場を見てないとはいえ、人を殺したと言われているユニコーンだ。
それを聞いた今、近づくのは危険だと思った。
しかし、ルミは歩みを緩めない。
それどころか、ユニコーンの目の前に立つと目線を合わせるように跪き、そっとその頬を撫ぜた。
ユニコーン自身も、それを気持ち良さそうに目を細め受け入れる。
二人は暫くの間その甘い雰囲気まま、見つめあっていた。
それはそれは、美しかった。
考えてみてほしい。
神聖視されるほどの動物であるユニコーンといるだけである程度の人はその美しさに見惚れる。
だが、今目の前にいるのはルミだ。
ユニコーンとそっくりの綺麗なプラチナブロンドに翡翠色の瞳。
整った顔がさらに引き立つ。
今までであったことのないような絶世の美女に、美しい一角獣が心を許し、隣合っている。
息を呑むほどの美しさとは、まさにこのことだなと、そう思った。
周りにいた商人の男達もそう感じたのだろう。
言葉を失うほどに感動している者もいれば、ため息をつく者もいる。
(不思議な子だ.........)
初めて出会った時もそう思った。
美しく清らかで、汚れのないような白き存在。
それなのに、その内に何か秘めたものを持っているような、オーリングには分からない苦しみを抱えているような魅力的な人。
気付くと、ルミはユニコーンの頬を撫ぜながら静かに泣いていた。
その姿はあまりに綺麗で儚くて、触れれば壊れてしまうと思える程に脆く感じた。
「......ルミちゃん?」
小さく呼びかけては見るものの気付くことはない。
何度か呼びかけてやっと、ハッと我に帰ったようにオーリングを見上げた。
どうしたのかと聞いても、ただ、大丈夫だと答え続けるルミは、ユニコーンと『話をした』と言う。
オーリングは驚いた。
当然だろう、この世に動物と話せる人間がいる筈がない。
ましてや、ユニコーンと......
この世界には魔法というものが存在するが、そんな力があるなど聞いたこともないし、ユニコーンにそのような特殊な力があると聞いたこともない。
しかし
しかしだ。
オーリングにはあまり学識がない。
加えて、ユニコーンについてはその生態自体が曖昧だ。
ルミという少女もこの世界の者ではない。
魔法という力そのものも底が知れていると言うわけじゃないのだ。
「.........信じるよ」
「え?」
オーリングはもう一度しっかりとルミに目を向ける。
「ルミちゃんの言う事、信じるよ、俺は。
ユニコーンを放してあげよう。」
そう言うと、ルミはホッとしたのか表情を緩め、僅かにだが微笑んだ。
「オーリング様!!危ねえよ!」
「そうだ!放すのは止めた方がええ!」
それでも商人たちは、オーリングたちを心配してか、何度もやめるよう説得する。
それならばと思い、彼らに向き直る。
「だったら、このユニコーン、俺たちに譲ってくれないか?」
「ええっ!?」
突然のことに驚く商人達。
しかし、オーリングはそんなこと気にしない。
「ダメか?」
「い、いえ.........」
「では、譲らせてもらう。そうすれば、このユニコーンを俺たちがどうしようと、お前らには関係ない。そうだろ?」
「...オーリング様...............」
渋る商人達。
だが、意外にもこの男、強引だった。
商人の頭領の肩に手を置き、不敵な笑みを浮かべ、彼は言う。