櫻の王子と雪の騎士 Ⅰ
正門を無事通過した一行は王都の街に足を踏み入れた。
とにかく広い。
石造りのおしゃれな建物が大通りを挟むように軒を連ね、街路樹は赤く色づいている。奥にはとても大きな建物が。恐らく、あれがこの国の王が住まう城なのだろうなとルミは思った。
流石は王都。そう誰にも思わせる壮大な景観が目の前に広がっていたのだった。
しかし
「人が......いない.........!?」
オーリングはその人の少なさに愕然としていた。
(いったい、何が起こってる!!?)
本来であればこの大通りは人々で賑わい、溢れかえっている筈。
いくら思考を巡らせど、この日に行われる行事など思い出せもしない。
オーリングが予想外の出来事に困惑していると、ルミがあることに気づいた。
「オーリィさん、向こうから声が...」
「え、」
ルミが指さす先には、王の住まう城─王宮がある。確かにそこからいくつもの声が聞こえているようだ。
「行こう」
「はい。ノア、急いで声のする方に!」
『分かった、振り落とされるなよ』
二人を乗せた一頭の一角獣は走る。
綺麗に整備された道を快活な音を立てながら。
王宮に近付くにつれ、声の大きさは大きくなる。それはもはやただの声ではなく、歓声に近い。幾人もの人の歓声が重なり、莫大な音量としてオーリング達の耳に届く頃には、山のような人垣が、3人の目に映ることとなった。
人々は明るい声をあげ、王宮前の広場に群がっている。
何が起こっているのか分かっていないルミ達は、何事かと戸惑い、困惑するばかり。
(何が......何が起こっている...!)
特に、オーリングはこの国の異常事態に、何とも言いようのない不安を抱えていた。
嫌な胸騒ぎがする。
必死に今何が起こっているのか状況を理解しようとするオーリング。だが、不安から焦りが生まれ、なかなか現状が理解できない。
オーリングは胸に手を当て、王家の紋章をギュッと握り締めていた。
一方、ルミはというと。
「凄い人...!こんなに人が居たなんて、何があってるんだろう...ノア、分かる?」
『いや......後ろに乗っている男が分かっていないことが私に分かるものか。
だが...ルミ、王宮が見えるか?』
そう聞かれ、ルミは顔をあげ大きな城を見上げた。
ルミたちがいる場所は王宮前の広場で、広場から王宮まではいくつかの階段があり、その上に王宮の正面入口が悠然と構える。
その、立派な城の入口、美しく装飾された階段の上の方に、ピシリと正装をした人々に囲まれ二人の男女がたっていた。
「うん、王宮は見える。ねえ、ノア。あの玄関に立っている二人ってもしかして.........」
『あの二人は、シルベスター第一王子と、その后であるフランツィスカ王女だ』
「王子様と王女様...!」
はっきりと顔が見えるわけではないが、初めて目にする王族にルミは少しばかりドキドキと胸を高ぶらす。
『どうやら、この騒ぎは......
シルベスター第一王子が新しく、このフェルダン王国の国王として正式に即位した事によって起こっているようだ』
「ええっ!じゃあ、これは...即位後のセレモニーみたいなこと?」
『ああ、そうみたいだな
だが、おかしい…もしそうなら、何故後ろの男がそれを知らない。
とてもこのことを把握していたようには見えないが…』
確かに。国王の即位式など、かなり大きな行事のはずだ。
オーリングは、門番の衛兵にも顔がきき、一般の市民さえ顔を知るような有名な男。
恐らく、身分制度の残っていそうなこの国では、階級の高い有名な貴族なのだろう。
その彼がこのことを知らないのはおかしい。不自然だ。
この国で何かが起こっている。
ルミがそれを察知したその矢先の出来事だった───