櫻の王子と雪の騎士 Ⅰ
シルベスターも、何事かと彼女の見ている方に目をやると、そこにはユニコーン─もとい、ノアが立っていたのだ。
ノアは、それはそれは美しく頭を下げ、シルベスター達に礼をとる。
その恭しい動作に呆気にとられる二人を他所に、ノアは話し始めた。
『シルベスター王子...いえ、国王。フランツィスカ女王。
この度は誠におめでとうございます。
失礼ながら、そこで苦しんでいる娘は私の主でございます。少しばかり時間をいただけないでしょうか』
二人は、ユニコーンが喋っているという事実に呆気に取られ、ぽかんとしたまま固まっている。
『ルミ......しっかりしろ
今、楽にしてやるからな......』
ノアはそう言うと、ゆっくりと頭を垂れ、角を傷口の真上に持ってくる。
すると、その角から一滴の雫が溢れた。
その雫はそのままルミの傷口に。
その瞬間
背中に浮き出ていた闇の魔法による魔法陣が、どんどんと消えていく。
「治癒魔法!?......いや、光属性の打ち消し魔法か............!!」
初めて見る出来事だけに、シルベスターも興味深げに見つめる。
未だ謎に包まれたユニコーンの生態。
その不可思議な生態故に、多くの噂が飛び交う。その一つが、“治癒能力”だ。
あらゆる怪我・病気を治すと言われていたり、万病の薬、不老長寿の雫となる、など様々な憶測が人々の間で行き来している。
『ルミ。もう大丈夫だ。ゆっくり、休め......そうだ.........静かに、瞼を閉じて、眠ると良い............』
ノアがルミにそう言うと、彼女は暗示にかかったようにゆっくりと瞼を閉じ、眠りについた。
『すまないが、ルミを......主をどこか休める場所に連れていってはくれないか?』
「あっ、ああっ!もちろん!
お前達、彼女を医務室へ。くれぐれも慎重に」
そして、ルミは王宮内の医務室へと運ばれて行き、漸くシルベスター達は落ち着くことができた。
ユニコーンのノアは、ルミが運ばれて行くのをその姿が見えなくなる最後の時まで、目を離すことなく見つめていた。
『.........しっかり、治療の方を頼む
私は、弾丸に込められたあの魔法を解くので手一杯で、傷の治療はほとんどできていない.........』
「あの魔法......?」
『ああ。国王陛下や女王陛下に当たらなくて良かった。あの弾丸は、闇の属性魔法の中で、最も強力で悪質な“死の呪詛”が込められたものだった』
「死の呪詛だと!?
そんな強力な魔法を使える者が、今、この国にいるというのか!?
......だが、その魔法は............」
『そう。ほとんどの人間では、その魔法がかけられると僅か数秒で、あの世行き。
勿論、国王たちでも』
「では、何故彼女は...」
『それは......彼女が、闇や死などと言う言葉と対極の存在であるから。
とだけ、答えておきましょう。』
「.........?」
『まだだ......まだ、“その時”じゃない 』
ノアは最後にそれだけを言い残し、もう一度頭を垂れ、立ち去ろうとした。
「まっ、待ってくれ!!」
『?』
「か、彼女は君の主なのだろう?
だったら君も王宮に居るといい」
『......ありがとう。
ルミが、目を覚ました時に、また来る。そう、伝えておいてくれ』
「...ああ」
そして、シルベスターとフランツィスカを残し、ノアは──美しき一角獣は、その場を去っていった。