櫻の王子と雪の騎士 Ⅰ
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「.........ちゃん...、ルミちゃん?」
遠くに聞こえる、男性の声。
「............ん、うぅん.........」
薄く開けた、瞼の隙間から光が入り込み、ルミはその眩しさに目を細める。
少しずつなれてくるその光に、ゆっくりと閉じたまぶたを持ち上げると
「ルミちゃん!!!」
満面の笑みで、真上からこちらを見つめるオーリングがいた。
「ああ〜〜良かったァ〜〜〜〜!!」
終始そんな言葉を叫びながら、抱きついてくる。
良く見ると、その頬には涙で濡れた跡がある。
「.........オ、オーリィさん、どうして......泣いているん、ですか?」
そう聞くと、オーリングは驚いたように声を上げる。
「どうしてって.........!!君が無事だったからに決まっているだろう!?
覚えていないのかい?」
そう言われて、何が起こったのか思い出そうと、ルミは必死に考えた。
そして漸く、自分が王族を庇って怪我をしたことを思い出す。
「オーリィさん。国王様と女王様は、無事でしたか!?
ッイタタタ.........!!」
ガバリと身を乗り出し、オーリングに聞こうとした事で、まだ完治には程遠いその時の傷が痛む。
「ちょっと!!ルミちゃん、無理しないでよ......国王陛下と女王陛下は、君が庇ってくれたおかげで無傷。すごく感謝していたよ。
取り敢えず......今は自分の事を第一に考えてくれよ。とんでもない大怪我をしたんだから。もしかしたら、死んでいたかもしれないんだよ!!?............いや、本当は、生きていたのが信じられないくらいなんだ!」
優しく頭を撫でながら、本当に心配そうに言うオーリング。
「兎に角、今からは自分の事だけ考えて。まだ、手足は痺れて動けないと思うから、何かあったら、横のベルを鳴らして。看護師がすぐに来るから。
あと、俺は仕事があって、基本、夜にしか来れないけど、時間を作って会いに来るから。
あと......多分、お客が頻繁に来るかもしれないけど、自分の体調を優先して。きつかったら遠慮せず断っていいからね!!
あと...あっ!ご飯とか、好き嫌いは何でも言って!!朝昼晩三食運ばれてくると思うけど、無理して食べなくていいからね!
あと〜〜〜」
「ちょ、ちょっと待ってください!」
「ん?」
オーリングの矢継ぎ早のセリフについていけないルミ。
まずはこの状況を整理しなくては。
「ま、まず、ここは何処なんですか?」
「ああ、ここね。ごめんごめん!ここは、王宮内に設置された病院の一室だよ」
「お、王宮なんですかっ!?ここは!!」
自分が王宮の中にいるという事実に、驚きを隠せないルミ。
動揺する彼女を見て、「これまでのいきさつを説明しなきゃね」とオーリングは話始めた。
「あの事件のあと、君はそのままここに運ばれたんだ。国を代表する医師たちが総力を挙げて治療したんだけど、その日から今日まで約一週間、君は眠り続けていた」
(い、一週間!?私、そんなに眠っていたの??)
信じ難い事実に、なおも驚く。
「恐らく、それは弾丸に込められた魔法のせいだと思う。ノアが一旦、浄化してくれたから死なずに済んだけど、やっぱり身体に負荷は掛かっていたみたいだね。
兎に角、君が無事で本当によかった...!」
その他に、オーリングは、王族の命を狙っていた敵は無事捕まえられたこと、王族を守ったルミはこの国で特別な扱いを受けることになるだろうという事、この一週間眠っている間にもたくさんの見舞いの品が送られてきているということ、などなどを教えてくれた。
そこまで聞いて、ルミは漸く、自分がとんでもなく凄いことをやってのけたのだと気付き始めたのだった。
────しかし、オーリングの、話の最中もルミの手をきつく握って離すことはなかった理由に、彼女の無事を祈って涙を流した本当の訳に、彼女が気づくことはなかった。