櫻の王子と雪の騎士 Ⅰ
◇
ガチャ、と音を立てて目の前の扉が開く。
その隙間から覗くオーリングの瞳は、シルベスターの気のせいでなければ物凄い苛立ちに満ちていた。
自分の目の前に立つ衛兵は、恐らくこの部屋の中にいるルミと言う名の少女の護衛をこの男に言い渡されていたのだろう。
今では、殺気すら感じさせるその視線に、可哀想なことに顔を青ざめさせガタガタと震えている。
まさに人生の終を感じさせる表情だ。
(可哀想なことをさせてしまったな.........)
シルベスターは憐れむ様な眼差しでその衛兵を見つめるのだった。
「.........何かようですか」
それにしても珍しい。この男がここまで苛立ちを顕にしているとは。
目の前の衛兵があまりに不憫なので、もう大丈夫、と肩を叩いてその場を去らせる。
「何をそんなにカリカリしている。私の命を救ってくれた少女が目を覚ましたと聞き、見舞いにと急いできたんだぞ・そのくらい分かるだろう、お前ともあろう奴が。何年この城に居るんだオーリング...............っぐ!」
シルベスターは目を見張る。
オーリングが胸ぐらを掴んだのだ。
周りにいる衛兵やたまたま近くにいた医者や看護師は驚き、固まっている。
何せシルベスターは国王なのだ。
国の中で最も身分が高く、人々の上に立つ存在である人の胸ぐらを掴んでいるのだから、その光景は信じられないものであろう。
オーリングは、先程よりも一層怒りを孕ませた目でシルベスターを睨み上げ、胸ぐらを掴んだ手をより強く握り締め、絞り出すようにその怒りで震える声を出した。
「............目を覚ましてまだ数分もたっていない。あんたの、あんたの分身の、気味が悪いくらいの情報収集力は知っているが、彼女の身体の事を考えたのかって聞いてんだよ!怪我してんだよ?あんたを庇ってさあ!!“死の呪詛”を受けたんだよ、あんな細い体で!分かってんのかよ!!!
王族だからって守ってもらって当然なんて思うなよ!助けてもらったんなら、相手の事もっと考えろよっ!!あんたの、周りの人間のこと考えてない、自分の事しか考えてないそういうとこ、本ッ当に大嫌いだっ!!!」
・・・・・・・・・・・
シーンと静まり返る病室前。
バッ、と掴んでいた手を解き病室の扉の前からどくオーリング。
そして、姿勢を正す。
「.........どうぞ、お入り下さい。
陛下の命を守った少女が、急な訪問にも関わらず快く面会を許可してくれました。
ただし、”死の呪詛“を受けた影響で、死にはしなかったものの、手足はしびれ動かすことはままなりません。何しろ、目が覚めたのは数分前ですから。
彼女の負担になるようなことはお控えください。では、私は自室に戻りますので、何かあればお呼びください。すぐに駆けつけますから............」
「あ、ああ............」
この上なくイヤミたっぷりな台詞を思う存分放ったあと、カツカツと靴音を鳴らしながら離れていくオーリング。
シルベスターは呆然としながらも、病室前に立ち、静かに二度戸を叩いていた。
「は、はい」
中から少女が返事をするのを聞いたシルベスターは、静かにその中へと足を踏み入れた。