櫻の王子と雪の騎士 Ⅰ







『ルミ様』



 聞き覚えのない声。



『ルミ様』



 それが、もう一度名を呼ぶ。



 静かに目を覚ましたルミは、暫くぼんやりとその真っ白な天井を見上げていた。頬には微かに濡れた感触がある。先程の夢のせいで泣いてしまったのだろうか。



(それにしても、訳のわからない夢だったな......)



 ボーっとしながらそんなことを思っていると



『ルミ様、起きられましたか』



 また、聞きなれない声が私の名を呼んだ。



「......ん、誰?」



 むくりと上半身を起こし、ベッドの脇を見てみるが、誰もいない。



「.........気のせい...じゃ、ないよね......」

『こっち、こっち』



 しかし、明らかに声はする。
 声がする方へと顔を向けると、そこには



『どうも、こんにちは
私、エンマでございます』

「......は??」



 黒い人がいた。



 だがしかし



 ルミはパチパチと何度も瞬きをする。



 何故かと言うと、それがとても...........



「.........ちっさっっ!?」



 そう、思わず声に出してしまうほど、それは小さかったのだ。僅か、30cmしかないように見える。



 おまけにそれは人型をしているというのに、顔もなくのっぺらぼう。おまけに手足はひょろひょろとして、立っているのが不思議なくらいだ。



「......え、ええっ、ちょっと...ちょっと待って.........てか、え、誰?」

『だから、エンマ、と申し上げたではございませんか』



 のっぺらぼうのくせに喋っている。声が出ている。何だか、気味が悪い。



 っていうか



「迎えに来た、って............」

『はい。さあ、付いてきて下さい』



 そう言って、黒い人形─エンマは歩き出す。しかし突然そんなことを言われて、ホイホイついていける程、ルミもお人好しではない。



「えっ、ちょっと待ってって......!」



 必死にこのふざけた物体を止めようとするのだが



『さあ、さあ。早くー』

「............話くらい聞きなさいよ」



 話を聞きやしない。
 そのまま、エンマはこちらを振り向きいては手招きをし、『早く、早く』と急かす。



 はぁ、と溜息をつき、ルミは渋々ベッドから降りた。



 銃弾を受けた当初、手足が痺れてしまったためにモノを掴んだり歩いたりすることができなかった。



 だが、時間が経つに従いその痺れは取れていった。おかげで今では、手の痺れはほぼないに等しい。まだ支え無しには無理だが、歩くこともできるようになった。



 ルミはエンマのあとを壁伝いに体を支えながらついていく。



 エンマは、忠犬のように普通のスピードで歩くことのできないルミを気遣ってか、少し進んだら立ち止まって振り返る。そしてルミが追いついてきたらまた進み、自分の姿が見えなくなる手前でまた止まり、振り返る。それを延々と繰り返した。



 時刻は夕方。



 病棟内には、まだまだ人がいる時刻にも関わらず、ほとんど見当たらない。たまに出会う看護師さんたちも、まるで私がいないように振る舞い、チラリともこちらを見ようとしない。



(.........何だか、おかしい...)



 普段であれば、ルミがリハビリがてらに病室を抜け出そうとするだけで、患者や看護師さんたちが大慌てで寄ってくるからだ。



 そんな違和感を感じながらも、黒人形エンマは歩みを止めず、早く早くと急かすものだから、こちらも止まるわけには行かない。



「.........はぁ......この国何なのよぉ」



 愚痴をこぼしながらも、ルミはエンマの後を追うのだった。







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