櫻の王子と雪の騎士 Ⅰ
◇
目の前の黒い扉が開く様を、ルミは少し離れた場所から見ていた。
この扉の先にあるものを、エンマは”影の部屋“と言った。それが何なのか、今から自分の目で確かめるわけだ。
徐々に露になる影の部屋。
ルミは一歩前に出た。
そして
そこに見えたのは
大きなベッドと、それに横たわる人だった。
「......誰?」
独り言のつもりだった。
「私の主でございます」
しかし、エンマは律儀に答えてくれる。
そして影の部屋へと、彼の主の元へと向かっていった。
ルミもゆっくりと後を追う。そのまま影の部屋へと入っていった。
影の部屋は、重苦しい黒い扉からは連想できないくらい、落ち着いたナチュラルな色で統一されていた。
窓のそばに置かれたベッドにルミの視線は戻る。
(...寝てるのかな............)
エンマが近づいても、そこに横たわる人は動く気配はない。エンマの背中がなぜだか寂しそうに見えて、ルミはそばへと近寄った。
そして気がついた。
横たわる人間の異常な姿に。
生気のない青白い顔色
痩せこけた頬
酷いクマと、くぼんだ瞳
点滴がいくつもその腕から伸び、一目でこれ無しじゃ生きていけないことが分かる。
と言うか、生きているのかさえ疑わしいと思うのは、おかしいのだろうか。
長く伸びきった髪がその人の表情を余計暗くしてしまうため、最早死んでいるようにしか見えなかった。
男か女かの判断すらできない。
微動だにしないその体を見つめる。
『.........シェイラ様...』
エンマが小さくそう言った。主の名前なのだろう。
ふと、一陣の風が舞った。
開け放たれたその窓から流れる風が、目の前の死にかけのような人の頬を優しく撫ぜる。
「!」
その時、僅かにだが彼の目がうっすらと開いた。
国王シルベスターとよく似た黄金色の瞳が、まだ輝きを失わずにそこにはある。
美しいそれがゆっくりと動き、ルミを捉えた。だが不安定なその瞳は小さく揺れ動く。
「誰か......そこに.........いる、のか?......」
掠れて聞き取りづらい小さな声。
きっと瞳もちゃんと見えていないのだろう。
「いますよ、ここに......シェイラさん」
自分よりもほっそりしたその人の手に、ルミは手を重ねていた。自然と、まだ聞きなれないその人の名が、どうしてか口を滑る。冷たい冷たいその手に、少しでも自分の熱が伝わればいいと、そう思った。
ルミの見つめるその先で、美しいその瞳から一粒の涙が溢れていった。