櫻の王子と雪の騎士 Ⅰ
「…いい加減付き纏うの止めてください」
「え、でも俺は君のことを愛してるよ?」
……だめだ、話通じてない。
私は「はぁ、」と小さくため息をついて、顔をあげた。
「そのことはありがたいと思っています。こんな私を好いていてくれて。でも、それとこれとは話が別。大体、好きなら好意を拒否した人にも付き纏って良いなんてこと、あると思っているんですか?
あなたが今やっていることは立派なストーカーですよ?」
「!?ストーカーって、…そんなつもり無いよ、ルミ!!」
予想外だったのだろう。
大慌てで首を横に振り、否定する辰巳。
「つもりがなくても、本人が相手の取る行動に対して不快を感じればそれは立派な猥褻行為。付き纏っているのならストーカーです。そこまで御自分を落としたいですか」
絶句、と言う表現が一番合うだろうか。
辰巳の驚ききった顔を見ると、当然だなと思う。
今まで自分の言動をのらりくらりと何も言わずに受け流してきた相手が、急にペラペラと自分の行動を否定し、挙句ストーカーなどと言い出すのだから。
「…!でも俺は、美和子たちにイジメられている君を助けたくて……」
「分かっています」
「!!」
そうだ。
彼が私を美和子たちから守るために行動しているのは良く知っている。私だって感謝してる。
まあ、例えそれが逆効果になっていたとしても。
でも、それではダメだ。
そんなこと私が一番よく知っているじゃない。
「あなたの思いは良く分かっているつもりです。こんな私にわざわざ心配りをしてくれて、本当に感謝しています。でも、心配無用です。これは私がどうにかしなければならない問題、私が、自分の力で乗り越えなければならないことだと思っています」
「......」
「あなたは、私みたいな、与えただけの愛を返してくれない酷い女のことはもう忘れて、与えた愛を倍にして返してくれるような女性と一緒になってください。私なんかで、あなたの大切な人生を無駄にしないでください」
これは本音。
私なんかで無駄にしないで欲しい。
あなたには、あなたをもっと大切に大事に思い続けている人がいるということに気づいて欲しい。
私の表情から、真剣な思いが伝わったのだろうか。
綺麗な、ニホン人らしい真っ黒な瞳に盛大に涙を浮かべながら(唯一この男の短所を上げるなら男のくせに涙脆いとこだろう)、じっと私を見つめている。
「ルミ…」
「辰巳さん、ほら、そこにあなたを誰よりも大切に思い、見つめている人が居ますよ」
私はすっと美和子に目を向けた。
それと同時に辰巳も彼女に視線を移す。
美和子はびくりと肩を揺らし顔を赤くさせながら、泣きそうな顔でその目を見つめ返す。
「美和子くん…」
「!……た、辰巳様…」
もどかしい二人の様子にイライラとし始める。
(もう、しょうがない)
私が愛のキューピットになってあげようではないか。
私は辰巳の横から美和子に聞こえないようにそっと囁く。
(誰よりもあなたのことを理解してくれるのは、今、目の前にいる美和子さんではないんですか?彼女はいつもあなたのことを思っていましたよ、あなたの幸せを願っていました)
ぐっと唇を噛む辰巳。
(私は大丈夫です。あなたが感じているよりも強い。本当に弱いのは彼女です、心の支えが必要な、思いもよらない言葉で傷ついてしまう人なんです。私にかまって、本当に大切なものを見失わないで)
その時、彼の瞳が決心したように強く輝いたような気がした。
「美和子!!」
「っ!!」
美和子の方はというと突然の大きな声と、久し振りに名前を呼び捨てで呼ばれたことから涙をポロポロと零している。
「すまない、美和子。ルミに囚われすぎている俺を救おうとしていてくれていたんだね。君の優しさに気付いてやれなくてごめん。酷いことを言って本当に済まない…男として本当に最低だった」
「辰巳…様………」
「こんな俺でもまた、愛してくれるだろうか」
「!!!……はいっ、当然です!今まであなたを愛していなかったことなど一度たりとも御座いません!!」
「美和子!!」
「辰巳様!!」