櫻の王子と雪の騎士 Ⅰ
「ここは......」
呆然とその場所を見つめる。
『ここが影の部屋の入口になる』
「え...ちょっと待って、ここって......」
ルミとノアの前には、ただの倉庫の扉があるだけだった。
「......倉庫でしょ、ここ。影の部屋はこんな所じゃなかったよ?
黒塗りの扉でもっと仰々しい感じだったし、大体、王宮の中にあったんだけど ......」
ルミの言い分はもっとも。長く暗い通路をひたすら歩いた先にあるはずの影の部屋が、こんな庭の片隅にある庭の手入れのための道具が入れてある寂れた倉庫の中にあるとは思えない。いくらノアに「ここが入口ですよ」と言われたところで信じられるわけが無いのである。
不満そうに口を尖らせるルミ。
ルミに想いを寄せる王宮の人間達が見れば、一瞬でその心を撃ち抜かれること間違いなしの、それはそれは可愛らしい表情だ。
同性の種も異なるノアでさえ、思わず惚れ惚れとしてしまう。
これを世の男どもに見せるくらいなら、そいつら全員を地獄の底までたたき落としてやると、その外見からは想像もできないような事を考えているとは誰も思わないだろう。
その様な心の内を微塵も出さず、ノアは言う。
『そういう訳ではない。正確にはこの扉が、影の部屋へと繋がるんだ』
「繋がる......?」
イマイチ理解しきれてない様子のルミ。
『さっきも言っただろう。影の部屋へと続く道はエンマの手によって複雑にねじ曲げられている。その為住人であるエンマにしかその道は分からないと言っても過言じゃない。私だって分からないからな』
「えっ、じゃあ、どうするの?ノアが分からないならどうしたらっ......」
心配するな、とノアは自慢げに言う。
『私は行けないが、ルミ、お前なら行ける。その方法ならわかる』