櫻の王子と雪の騎士 Ⅰ
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窓から覗く、夕陽で赤く染まる草木。
その中にはもう、白髪の少女はいない。白銀の一角獣も姿を消し、風に吹かれた草花木果がサワサワと音を鳴らすだけ。
突如怯えだしたエンマは暫くして普段のように戻った。理由を聞いても何もないの一点張り。
もう今はちょろちょろと歩き回っている。
(静かだな......)
シェイラは思った。
シェイラの世界といえば、この部屋の中と窓から覗く小さな外界のみ。
特に変化があるはずもない。代わり映えの無い日々をたった一人の少女が輝かせてくれる。
しかし、その少女は今日はもういない。
彼女がいないだけで、この世界は静寂に包まれてしまう。
今日も静かに日が暮れていき、一日が終わるのだろう。
自然とシェイラの手は、ベッドの横にある円形のテーブルの上へと伸びる。正しくはその上にある小さな箱へと。
箱を開けるとそこにはワンセットのイヤリングが。
しかしそれはよく見ると形と色が異なっており、同じものではないことが伺える。
片方は白く真珠のように輝き、雫を型どるように。
もう一方は漆黒の黒曜石のように黒々とし、細長く加工されている。
シェイラはそれを見つめ、そっと指なぞるように触れる。
『............』
エンマは隠れるようにそれを見つめていた。
悲しみにくれた様に暗い表情のシェイラ。
どうにか元気づけられないかと悩む。
う〜〜んと、唸りながら悩むエンマの耳に、何やら音が近づく。
それは足音のようで、その音に耳をすませた。
この部屋に来ることができる人間はこの国に数人。
その中で現在この国にいるのはエンマとシェイラとオーリング、そしてルミだけである。
しかし、ルミはここへ来る手段を知らない。
来る筈がないのだ。
だとすれば、考えられるのはオーリング。
だが、これはオーリングの足音ではない。
もし、エンマの知らぬ誰かがこの部屋へと続く道に踏み入ろうとすれば部屋そのものが拒絶し、うねる様にその人間を吐き出す。決してたどり着くはずもない。
足音は着実に近づき、徐々に走るように速くなる。
そして、バンッと大きな音と共に、黒塗りの扉が勢い良く開かれた。
「!一体何......っ」
驚き、急いで扉に目線を向けたシェイラはそこに立つ人物を一目見て息を呑む。
「はあっはあっ、......」
息も切れ切れに、扉に手をつき、頬を紅潮させてこちらを見つめる翡翠色の瞳。
「............ルミ」
小さく、傍にいるエンマにも聞こえないような声で、シェイラは目の前の少女の名を呟いた。