櫻の王子と雪の騎士 Ⅰ





───────




「もう帰ってもいいですか」


私がこの崖に呼び出されて30分程たっただろうか。


辰巳と美和子のイチャイチャはあれから続きいい加減限界に来ていた私はそう言っていた。


正直うんざりだ。


早く部屋に帰って休みたい。


そんな心の声がダダ漏れになりそうな所をぐっと堪え、帰る旨だけ伝えて立ち去ろうとする。



「じゃ、帰りますので、後はご自由に。」


「あ、待って」



まさかの美和子に呼び止められた。



「……何ですか、まだ私に用ですか。お二人ともハッピーエンドになったんだからいいじゃないですか」


普段は何されても表情をひとつも変えないくらい何も感じないルミだが、しつこいのはあんまり好きじゃない。


若干眉をひそめながら振り返ると、美和子がこちらを見ながら手招きをしていた。



「ちょっと一緒に話しましょ。」



何を。


話す事なんてないだろうに、と心の中で呟きながら渋々歩み寄る。



ちょうど崖から下が見下ろせる位置に二人で立つ。



辰巳は少し後ろでニコニコとこっちを見ている。


美和子の取り巻きたちはさっき早々と帰っていった。


美和子や辰巳がいないのを上手く誤魔化して来るとかなんとか言ってたような。



「ねぇ、雪乃さん」


「…あ、はい」



潮風に当たりながら広い海原を見つめ、ボーっとしているところに美和子が突然声をかけた。



「雪乃さん…いえ、ルミさん」


「……」


「今までのこと、本当にごめんなさい。おかげで私、たっちゃんともう一度やり直せそう」


「(……?やり直せそう?)」


「知らないかもしれないけど、私とたっちゃん...辰巳は付き合っていたのよ」


「……は?」


「中学の頃よ。誰よりも愛し合っていた自信はあるわ」



そんな、唐突に、そんなこと言われたってどんな反応したらいいのか分からないし。


でも、やっと謎が解けた。


高校からやたらと私に絡んで来るようになった辰巳に美和子が嫉妬したから。


だから邪魔な私を辰巳の前から排除しようと美和子は躍起になってたわけだ。


「みーちゃん」「たっちゃん」と急に呼びあってたのも付き合っていたのならおかしくない。



(はあ…まったく)


考えてみれば見るほど、面倒なことに巻き込まれたものである。


一人改めて疲労感を感じていると、隣でクスクスと笑う声が聞こえた。



「...何が面白いんですか、美和子さん」


「あら、ごめんなさい…私の勘違いが酷すぎて笑えてしまって…失礼だったわね。昔から...本当に、バカみたい」


初めて見た美和子という女性の清々しい自然な笑顔と笑い声は美しく


ああ、これが本当の彼女なのかと妙に眩しく感じた。





「美和子さん」


「ん?」




気付くと声に出していた。




「いつも、そうやって笑っていて下さい」


「え、…」




どうしてそんなことを言ったのか分からない。



ただ、羨ましかったのかもしれない。



そんな風に美しく笑えるあなたが

たくさんの感情を持っている貴女が。



「笑顔でいてください、とっても綺麗なんだから。笑えるんだから…その方がきっと辰巳さんも喜びます」


「ルミさん…」


「私は、喜びも悲しみも、苦しみも何も分からない。感情が…どこか欠落しているんだと思います。だからうまく表情で表せない。その自覚はちゃんとあります」


「……」


「私だってちゃんと笑ってみたいし、苦しいことがあれば泣いてみたい。でも出来ないんです、おかしな話かもしれないですけど…」




ああ、こんな事言うはずじゃなかったのに。




「本当は美和子さんたちが羨ましい。私もあんな風に誰かの為に怒ったり、嫉妬したり、願いが叶って嬉しくて泣いてみたり、笑ってみたり…でも私の心は、随分と遠くに……昔に置いてきてしまったみたいに何も感じてくれないんです」



僅かに後悔しながら、ぼんやりと水平線を眺める。


サラサラとプラチナブロンドの髪は風に舞う。
まるで私の感情のように何にも絡みつくことなく元のまま。


それでも構わないと思っていた、もちろん今でも。


でも、少しだけ、本当に少しだけ羨ましいと思ってしまった。



あーあ、なんか変なことを言っちゃった。



でも、


初めてだ、こんなこと誰かに言ったの。


ほんのちょっと胸の辺りがすっとしたような気がするのは、気のせいだろうか。


僅かな清々しさを感じながら、青空を見上げ大きく息を吸う。



(気持ちいい…)



風はこんなに気持ちよかったのか、空はこんなに美しかっただろうか。






「……ッズ、…ぐす」


人が気持ちよく自然と戯れているところに、何故、鼻をすする音が横から聞こえるのだろう。


美和子さん風邪だったけ??


恐る恐る隣に顔を向けると。




「!!!!」


「……っぐす、…っぅ、うわぁ〜〜〜!」



号泣している美和子がいた。



「ちょ、ちょっと!どうして美和子さんが泣くんですか、ていうか泣くとこなんて今の話にありましたか!」


「うぅ〜〜〜、…ヒック…ズッ、うぅ〜」



珍しくワタワタした。


誰かが泣く所なんてほとんど見たことがないから、ましてや美和子の涙を見ることになるとは思ってもいなかった。


辰巳に助けを求めようかと振り向くと、案の定、涙脆さだけが欠点の辰巳、ズビズビ鼻を鳴らしながら号泣していた。


二人とも綺麗な顔が台無し。



もう、どうしよ、この状況。



「……ル、ルミさん…ッ!」


「あ、はい」


「ご、ごめっ…!ごめんなさいっ……!」


「は!?」


「ごめんなさいっ…ご、ごめっん……!!」


「はあ???」



急に謝り始めた美和子に、私は訳が分からず困り果てる。



「別に美和子さんが謝ることじゃあ…」


「ごめんなさいっ!…ごめっなっ…!!」



(もう…どうしたらいいだろう、この状況)



海に面した崖に、大泣きしている美男美女とその間で困り果てている高校生が一人。


なんとも異様な光景だったに違いない。




──────




十分、いや、十五分は経ったのではないかと思われる頃。


「お二人とも立てます?」


地面に座り込んで、一人はごめんなさいを連呼しながら泣き続け、もう一人は声を出さずに鼻をズルズル言わせ目を真っ赤にさせながら号泣し続けた。


それも漸く落ち着いてきたようで、やっとのことフラフラと立ち上がっている。



「ぐすっ、ぐすっ…ごめんなっ、さ」


「もういいですから。しばらく黙ってて下さい。ほら、帰りますよ」



二人を立ち上がらせ、背中を押す。


二人仲良く、ヨタヨタと歩く姿を見て、改めてお似合いだと思った。


訳の分からないことですぐ泣くし、号泣したくせに美人だし、性格は一クセも二クセもあるし。


相手をするのがこんなに疲れると思えるのは、たぶんこれから先もこの人達ぐらいだろう。そんな気がする。


まぁ、これで美和子の嫌がらせがなくなればこの時間も無駄じゃなかったと言えるかもしれない。



二人の後姿を見ながら、密かにそんなことを思ったことは内緒にしておいた方が良さそうだ。




「ぐすっ…一緒に行かないのルミさん?」


「早く帰るんだろ、ズズッ」



少し先に行ったことろで、美和子と辰巳が振り返り私を呼ぶ。


一緒に帰るのかと少し驚きながらも「はい」と答え、彼らに向かって足を踏み出した。





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