櫻の王子と雪の騎士 Ⅰ
◆
予感がした。
別に悪い予感がしたわけじゃない。
『何か』が起こる気がしたんだ。
◆
《魔王》ジンノ。
一体、いつからそう呼ばれるようになっただろうか。
緊急に向かわされた遠征先で敵軍を前にしながら、ぼんやりとそんなことを考える。
ジンノは、本来なら、こう言った援軍としての遠征に行くことはない。
同じ特殊部隊副隊長であるオーリングがよく王都を離れるためでもあるが、大抵は国王護衛の目的で王宮内に留まっている。
援軍として、国の外へ出たのは実に数年ぶりだった。
普段はそうないが、一歩国の外に出てしまえば、嫌でも耳にする。
その容姿も、何も色を撮さない瞳も、良く言えば圧倒的な、悪く言えば残虐的やその強さも。
どれもが、《魔王》の名に相応しい。
初めてそう呼ばれたのはジンノが15の時。
特殊部隊に入隊して、初めての戦闘だった。
その時のことはよく覚えている。
自分の手で、初めて人を殺した。
血に濡れた自分の手を見ても、何も感じなかった。
その時には既にジンノの心は死んでいた。
頬を温かい何かが伝っていったのは気のせいだ。
感情も何もかも捨てて、ただ一心に国のために戦った。
黒い魔力を全身から発しながら、残忍無比に戦場を墓場へと変えていく。
ほとんどを一人で壊した。
仲間達はそれを黙って見続ける。
ジンノの体は頭の先から指の先まで真っ赤に染まり、死んだ人垣の上に立つその様を見て誰かがこう言った。
魔界の王が現れた、と。
《魔王》が人を殺したのは、後にも先にもその一度きり。
それ以降の戦で、彼が命を奪うことは無かった。
だが、人々に最悪の印象を与えるには申し分ない威力があったのだろう。
彼はそれ以降も《魔王》として恐れられ続けた。
現に今だってそう。
たった一人残された敵国の兵士は、真っ青な顔をしてガタガタと震え、怯えている。
無理もない。
今回の戦は、例外的に単独で応戦した。
本来は、あくまで援軍と言う形で、補佐役に徹するようにしなければならない。
だが、予感がしたのだ。
いつもだったら自分が行く必要のない援軍要請に駆り出されたからかもしれない。
国で何かが起こると思った。
必死に作戦を練って、軍を強化していた敵国には申し訳なかったが「時間がない」と理由をつけ強引に決着をつけ戦争を集結させたのだ。
急いで国へと戻って見れば、案の定、問題が発生していた。
オーリングが戻っていたおかげで国は守られていたようだが、そうでなかったらと考えると恐ろしい。
ともかく、オーリングの応戦を。
そう思って戦場に向かってすぐの出来事だった。