M/Aya
序章「橘麻弥(たちばなまや)」
彼女の胎内に男のものが突き刺さっていた。
とはいっても男のものは粗末なので奥まで突き上げられるという感覚は無い。
どちらにしろ麻弥にとっては物理的な刺激を感じるだけで、快感などはありもしない。
それでも麻弥は男のせわしない腰の動きに合わせて喘ぎ声を出してやった。
「気持良いか?」
男が麻弥に尋ねる。
こくんと頷いてやると、ちっぽけな支配欲が満たされたようで男は満足そうに唇をゆがめて笑った。
麻弥が未成年であるということが、更に男の興奮度を高めている。
「女子高生という禁断の果実を喰らっている」
麻弥の透き通るような肌の隅々まで舌を這わせ、唾液だらけにする。
(まるで犬ね)
もう初老といっていい年頃の男の愛撫を全身に浴びながら麻弥は思った。
それは愛撫というより、今一時だけはこの可憐な少女が自分のものであると、それを証明するためのマーキングのような行為に麻弥には思えた。
男がキスを求めてくる。
舌を麻弥の口腔にねじ込み、唾液を送り込んでくる。
(キスだけはいつまでたっても他人になれないわ。何故かしら?)
麻弥はそれをを飲み下しながら思った。
他人というのは、文字通り自分の体を他人のものように感じることである。それによって、この退屈で無意味な行為をやり過ごすことが出来るのである。
セックスをするときは他人になれても、キスをするときはどうしても自分になってしまう。
(キスは嫌だ)
麻弥に唾液を飲み込ませると、男の興奮は頂点に達したのか、ラストスパートに入った。腰を思いっきり打ちつけ、そしてあっけなく果てた。
麻弥の胎内から自らのモノを引き抜くとコンドームを外して得意げに麻弥の目の前に晒した。
「マリアちゃんが可愛いからこんなにいっぱい出たよ」
ちなみにマリアというのは麻弥が売春するときに使う名前だ。
彼女は援助交際などというぼかした名前は使わない。
自分がはっきりと売春をしていることを自覚している。
援助交際などという言葉は売る側と買う側が共犯者になって、罪の意識を少しでも無くそうという涙ぐましい努力の産物なのだ―少なくとも麻弥はそう感じている。
コンドームの中に溜まった白濁液を眺めながら麻弥は思った。
(何がそんなに嬉しいのだろうか?)
排泄物が大量に出たからと言って喜べるものだろうか。そんなことで相手が喜ぶのだろうか。
「通うものがあれば―」
例えば二人の間に通じるものがあれば、お互いに喜べる事実なのかも知れない。
だが麻弥がこの男と出会ってから数時間の間、一切心の交流と呼べるものは無かった。
男は麻弥の内面などに興味は無かったし、また永久に分かりもしないだろう。
だが麻弥の方はある一点において完全に男のことを理解していた。
(これで教師なんだもの。どんな顔をして授業をしてるのかしら)
男がシャワーを浴びている間にカバンを調べたところ、黒革のメモ帳が出てきた。パラパラとページをめくると、学校の行事やテストの予定などが書き込んであり、男がある女子高の教師だということが分かったのだ。
(今時、珍しくも無いけど)
麻弥自身、教職の男を相手にするのが初めてではなかったし、教師の性犯罪などニュースで見飽きるほど日常茶飯事である。
さて麻弥が男について理解している点とは、「この男は性欲に支配された獣」であるということである。
前述したが髪に白いものが混じり始めているこの初老の男は女子高の教師である。
家庭も持っているかも知れない。その男が未成年相手に売春をしているのである。日本国においては立派な犯罪だ。
麻弥との関係が露見すれば、男は全てを失うであろう。それどころか学校の名前にも傷がつき、家族も傷つくだろう。
たかがセックスをするためだけにそれだけの危険を冒す人間はとても理性を持っているとは思えない。そして驚いたことに、これほどの危険を冒すというのに男にはさしたる覚悟もないのである。
(だから獣だ)
と麻弥は思う。
だがここに重要な事実があった。
「三万円だったね?」
麻弥はこくんと頷いた。
男は一万円札を財布から三枚抜き取ると麻弥に手渡した。
麻弥は男とセックスをするだけで決して安いとは言えない金を手に入れることが出来るのだ。それが彼女にとって一番重要であり、他のことはさして問題ではないのである。
帰り際、男が尋ねた。
「また会える?」
麻弥は首を傾げた。
もちろん会うつもりは無い。
-だけではない。
内心で笑いをこらえるのに必死だった。
「また会える?」と聞いた男の顔があまりに切実過ぎたからだ。実際、男の多くは、ことが終わった後、似たような反応を示すのだが、それにしても男の表情は不安と悲しみに満ちている。
それはそうだろう。
麻弥ほどの美少女はそうそういない。
このような美少女に一生の間でまた巡りあえるかどうかに思いが至ったとき、男は似たような反応を示すのだろう。
(こんな男がいったい何を生徒に教えるというのかしら?)
軽蔑ではなく単純な疑問が麻弥の脳裏に浮かんだ。
「君はいつまでこんなことを続けるつもりなの?僕が言うのもなんだけど、あんまり良いことではないよね」
麻弥は驚いて男の顔をしげしげと見つめた。
世の中には「言うこととやることが違う」という人種が相当数存在し、そういう人間は恥を知らないというよりも、そもそも己の言動の矛盾に気づいていないのだ。
(人間としての価値がないわね)
麻弥は断じた。
この男も自分と同じように生きる価値さえないゴミのような人間なのだ。
まったく世の中はゴミで満ちている。
麻弥は男に気づかれないようにため息をつくと三万円を財布に仕舞った。
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