M/Aya
「おはよう」
「うぃ~っす」
「聞いて聞いて、昨日さぁ・・・」
校門から校舎へ向かう石畳の通路では、今朝も日常の風景が繰り返されている。
ここは都内のごく普通の公立高校だ。
麻弥は誰と会話を交わすでもなく、一人通路を歩いていた。
この日に限ったことではなく、それが彼女の日常だった。
学校に彼女に友達といえる生徒は一人もいないが、淋しいとは思わなかった。彼女にとっての学校の必要性といえば卒業資格を得ることだけだったからだ。
彼女は卒業した後、アメリカの大学に進むつもりでいた。
アメリカの大学へ進む・・・この時代になってもかなり珍しい進路であろう。
これは誰も知らないことだが麻弥はギフテッド・チャイルド-所謂天才であり、IQは180である。
高校で学ぶ範囲などとうに学習し終えているし、英語はもう完璧にマスターしていた。どんな大学であれ試験をパスする自信があった。
―神様からのギフトといえば、もう一つある。
それはあまりに可憐な容姿であった。
抜けるように白く決めの細かい肌、艶やかな漆黒の髪。大きく切れ長な瞳、美しく通った鼻筋、薄紅色の可愛い唇。見るものが胸騒ぎを覚えるほど彼女は美しかった。

さて麻弥は自らの進路をアメリカの大学と決めているが、現在彼女は高校二年生である。ちょうど夏休みが明けたところだから、彼女はあと一年余と半年でアメリカに渡る。
(それまでには・・・)
彼女にはアメリカに分かるまでの間にやらなければならいことがあった。それはおいおい語っていくとにする。
彼女にとっては授業も退屈だったが、ホームルームに至ってはまったく閉口するしかなかった。
(ここは幼稚園なの?)
生徒の生活指導など、常識をわきまえていれば誰でも出来ることを初老の男性教師である担任がくどくどと教え諭す。おまけにその担任が先日、麻弥を買った教師と少し似ている。まともに聞く気になれない。
しかし社会に出ればほとんど忘れてしまうようなことをどうして勉強しなければならないのだろう。大学の試験をパスするためだとしたら本当にやりきれない・・・と麻弥は思う。
英語などはその最たるもので、中学、高校、そして大学と10年間も勉強してまともに話すことも出来ないのだ。
(馬鹿らしい。日本にも飛び級制度があればいいのに)
能力や個性に応じた教育とは、いかんともしがたい能力差や個人差を認めることから始まるものだが、そういう意味では日本の教育はまったく麻弥の個性を殺すものでしかなかった。
一方、前述したように麻弥は他の生徒とまともに交友関係を持たない。
休み時間は本を読んですごし、昼食も一人で取る。授業が終わればさっさと下校する。
特別の用事が無い限り一日中、誰とも話をしないこともざらである。
本来、こんな学校生活を送っていれば目だたなそうなものだが、それでも彼女は目立っていた。
抜群の成績と美貌に加え、変わり者というレッテルを貼られ、いっそミステリアスな存在として、全学年に渡って麻弥を知らない生徒はいないほどだ。
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