M/Aya
麻弥が他の生徒と没交渉といっても例外もある。
例えば、月に何度か男子生徒に告白を受けるというイベントがあることだ。
麻弥は次々に告白してくる少年たちを不思議に思った。
(私の何を知っているというのだろう?)
彼女は少年の目をまじまじと見つめ、
「私のどこを好きになったのですか?」
と尋ねる。
少年たちは決まってしどろもどろになった。それはそうだろう。彼らは告白するまで、彼女と口を聞いたことがほとんどないのだ。つまり麻弥のことなど何も知らない。要は彼女の外見に惹かれただけなのだ。
だがこれは十分な理由である。
思春期真っ盛りの少年少女たちはまだ異性のことなどよく知らない。知らないからこそ狂おしく惹かれる。
「異性の心はどんなものだろうか?」
「異性の体はどんなものだろうか?」
知らないからこそ好奇心いっぱいに恋焦がれる。
となれば、極論すると異性であれば誰でもいい。つまりは理由などない。思春期の少年としては麻弥の内面など知らなくても、外見に惹かれるのはいたって健康である。
だが、「どこを好きになった?」と聞かれて、「外見です」と応えるほど少年たちも馬鹿ではない。
結果、麻弥の前で要領を得ずしどろもどろになる。
麻弥からすればいい加減面倒くさくなっている。何度も告白を受け、その理由もよく分からないのだからうんざりなのだ。こうなると麻弥にとって告白してくる少年たちは無個性であり、断ることは作業であった。
「今は勉強に集中したいので、恋人を作ることなど考えられない」
判で押したようにこの当たり障りのない台詞を言い続けている。
(私に関わらない方が身のためよ)
告白を断ること。それは麻弥にとっては優しさのつもりでもある。
実際、そうだろう。麻弥の普段の行いを知っただけでも少年たちは傷つき、絶望するはずだ。
健康な思春期の少年は麻弥のような人種に関わるべきではない。

―ある日の放課後。
同じクラスの平本結那(ひらもとゆいな)が麻弥に話しかけてきた。彼女はクラスの中でも目立たない4~5人のグループに属しており、麻弥の印象では大人しい少女だった。

「橘さんはいつも一人でいるよね」

「・・・・・・」

麻弥が顔を上げると結那は気の弱そうな愛想笑いを浮かべた。

「ご、ごめん、話しかけられるの迷惑だった?」

「別に・・・」

「そ、そう良かった」

結那はほっとした様子だ。どうやら言葉を額面どおり受け取るタイプのようだ。

「何?私、もう帰るんだけど」

「そ、相談に乗って欲しいんだけど」

「相談?」

麻弥は少し驚いた。クラスで・・・いや学内でも孤立している自分に相談を持ちかける人間がいるとは。

「友達には相談しないの?」

相談ごとなら同じグループの少女に話すのが妥当ではないか?

「う、うん・・・。誰にも話せないことなの」

(だから私に?)

誰にも話せないと言ったのに、私に話すのか、と麻弥はその矛盾をおかしく思った。結那は子犬のような表情で麻弥を見つめている。
 麻弥は少しの間-時間にして2~3秒-思案すると、

「いいけど・・・」
 とそっけなく応えた。
 だが麻弥は他の少女がそうであるように、あいまいなことは許せない性質である。結那に自分の時間を割き、心行くまで付き合う決意をした。
 結那は顔を輝かせた。
 結那はよほど追い詰められているらしい。
 実際のところ、結那は同じグループの少女たちを信じていない。もしこの「相談ごと」を話せばすぐにクラス、そして校内に噂が広まるだろうと思っている。両親に心配をかけるのも嫌だ。というより叱られるのが嫌なのかもしれない。だから誰にも話せないと思っている。
 かといって小さな胸にしまい込むには悩みが深刻すぎた。
 そして彼女のとった選択肢は同じクラスの橘麻弥だった。
 麻弥は孤立しているが毅然としており淋しそうな素振りも見せない。もちろん苛められているわけでもなく、逆にその美貌と抜群の成績である種畏敬の念を集めていると言ってもいい。ただ、近寄り難い雰囲気を称えている。
 結那には麻弥がすごく強い女性に見えた。大人しい結那にとってほのかに憧れの存在だったのだ。
 さてどんな人間にも思いもよらぬ勇気が出るときがある。
 それがどうしても欲しいものがあるときと、どうしようもなく追い詰められたときだ。実はこの両者はよく似ている。思春期の恋愛で言えば心焦がれる異性が出現すると、強烈に求める一方で追い込まれもする。結果、告白という極めて勇気のある行動に出るのだ。
 結那の場合、悩み事に追い詰められことと、以前から気になっていた麻弥に近づきたいということ、この二つのことなる事象を一つの問題にすり替えることによって、麻弥に声をかけるという勇気を得たのだ。

「いいけど・・・私に相談したことを後悔しないでね」

「うん!」

 結那は麻弥の言葉をよく飲み込めぬまま、屈託のない返事をした。

結那は屈託の無い返事をした。

「じゃあ私の家に来て」

「え?今から?」


 麻弥は、自分が誰かと込み入った話をしているところを他の誰かに見られるなど真っ平だった。どんな噂が立つか分からないし、これを契機に次々に近づいてこられても困る。
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