M/Aya
「あれは友達だ」と言い張る保雄。
「友達と手をつないで歩くのか」と結那が聞けば、「たまたま」だと言う。結那はそれ以上、問い詰めることが出来なかった。保雄のことが好きだったし、「決定的な証拠とはならない」と疑念を胸の奥にしまった。
しかし一度抱いた疑いは晴れない。
ある日保雄の部屋で過ごしているとき、結那は保雄がトイレに立った隙に携帯を覗き見た。暗証番号は保雄の誕生日だ。保雄は秘密保持にはルーズだったし、まさか大人しい結那が携帯を覗くなどと思いもしなかったのだろう。
早い話、保雄は結那を舐めきっていた。
当然のごとく結果は黒。
―浮気?
浮気ではない。
結那が浮気相手だったのだ。
保雄には同じ大学にれっきとした本命の恋人がいた。
ラインやメールには、その恋人との愛の言葉のやり取りがあった。ディズニーランドや映画に行く約束が交わされていた。
結那バイトの関係上、保雄とは週に一度会うのが精一杯だったが、まだデートらしいデートなどしたことがない。会えばホテルか、保雄の部屋に連れ込まれるというのがお決まりのパターンだった。
画像や動画フォルダは幾つもの階層に分かれていたが、保雄が関係したと思われる女の裸や、ときには性行為を録画した動画まであった。
その中に結那のものもあった。
携帯を覗いた後、知らないふりを決め込もうとしていた結那であったが、涙が止まらない。トイレから帰ってきた保雄に食ってかかった。
「いったいこれは何?」
泣きながら喚く結那に保雄は、
「勝手に見たのか?」
と逆切れで返してきた。
「他人の携帯を勝手に見る奴など人間のクズだ!」と罵り、結那の言い分など聞きはしない。
「恋人を信じられなくなったら終わりだな」と一方的に別れを告げられ、「出て行け」とバッグを部屋から放り出された。
結那は泣きながらとぼとぼと家まで帰った。
ここまで結那は訥々と話してきたが、涙ぐみ鼻水を啜り上げた。
麻弥は結那にティッシュを渡すと、キッチンに立った。
お湯を沸かし、アールグレイの紅茶を淹れる。
棚にあったお菓子―市販のサブレをトレイに載せ、結那に出してやった。
「ありがとう」
結那は鼻をぐずぐず言わせながら、少し微笑んだ。
紅茶を飲んでホッと息をつく。
少々落ち着いたところで、麻弥が無表情に、
「で?」
と言った。
「ど、どこまで話したっけ?」
たった今、思いやりを受けたと思った結那は、あまりに即物的な質問の仕方に面食らった。
「彼に遊ばれていたということが分かって、その上部屋から追い出されたところね」
「そう、それで・・・」
それから一ヶ月、結那は呆然と過ごした。小学校や中学校時分の淡い恋ではない。結那にとって初めての本格的な男女交際なのだ。家でも学校でもぼーっとする時間が長くなり、家族や友人を心配させた。彼女にとって大きなトラウマだろう。人生観や恋愛観に大きな影響を及ぼす出来事だ。
保雄から電話が来た。結那は保雄の電話もラインもメールアドレスも全て消していたが、電話番号を見るだけで保雄ということが分かった。
一瞬戸惑ったが結局、結那はその電話に出た。
聞けば保雄のいい加減な行動がばれ、大学でつまはじきにあってるという。本命の彼女には振られ、悪友の二、三人を除いて、交友関係も無くなってしまったらしい。
「結那、ごめんな。俺、お前にひどいことしてた。こんな目にあって気づいたんだ。頼む、会ってくれないか。あのときのことを謝りたい」
結那は保雄とよく行っていたファミリーレストランに呼び出された。
結那は悩んだ末、会いに行ったと言う。
(悩む?何を悩んだのかしら?)
麻弥にはまさに「のこのこ」とおびき出されたとしか思えない。
結那は保雄への気持ちを引きずったままで、自分に負けたのだ。
そこで保雄は泣きながら結那に謝り、復縁を迫ったというが、それは結那が心の片隅で期待していたことではないのか。
だが。
―あんなに偉そうにしていた保雄が、泣きながら許しを請うている。
保雄が泣くさまは結那の保護欲に訴えたらしい。
結那は今度は本命の彼女として保雄と付き合うことになった。
「それから二ヶ月くらいは上手くいっていたの。彼も以前と違って優しくて、デートもしたわ」
(長い話だわ)
少し楽しそうに回想する結那を見ながら麻弥は思った。
(どうして女は結論に辿り着くまで長々と関係ない話をするのかしら?)
むしろ女の話に結論などないように麻弥には思える。
その点、男と話すのは楽だった。
男の話にはとりあえずの結論があるからだ。ただその結論がたいていロクでもないというだけだ。
それでも麻弥は話を一から聞いて良かったと思った。
結那の頭が救いようのないほど悪い、ということが分かったからだ。
(この娘はどこまで馬鹿なのかしら?)
もちろん麻弥は表情には出さない。
「でもね・・・」
結那の顔が曇った。
いよいよ、ようやく話の核心に入るらしい。
「友達と手をつないで歩くのか」と結那が聞けば、「たまたま」だと言う。結那はそれ以上、問い詰めることが出来なかった。保雄のことが好きだったし、「決定的な証拠とはならない」と疑念を胸の奥にしまった。
しかし一度抱いた疑いは晴れない。
ある日保雄の部屋で過ごしているとき、結那は保雄がトイレに立った隙に携帯を覗き見た。暗証番号は保雄の誕生日だ。保雄は秘密保持にはルーズだったし、まさか大人しい結那が携帯を覗くなどと思いもしなかったのだろう。
早い話、保雄は結那を舐めきっていた。
当然のごとく結果は黒。
―浮気?
浮気ではない。
結那が浮気相手だったのだ。
保雄には同じ大学にれっきとした本命の恋人がいた。
ラインやメールには、その恋人との愛の言葉のやり取りがあった。ディズニーランドや映画に行く約束が交わされていた。
結那バイトの関係上、保雄とは週に一度会うのが精一杯だったが、まだデートらしいデートなどしたことがない。会えばホテルか、保雄の部屋に連れ込まれるというのがお決まりのパターンだった。
画像や動画フォルダは幾つもの階層に分かれていたが、保雄が関係したと思われる女の裸や、ときには性行為を録画した動画まであった。
その中に結那のものもあった。
携帯を覗いた後、知らないふりを決め込もうとしていた結那であったが、涙が止まらない。トイレから帰ってきた保雄に食ってかかった。
「いったいこれは何?」
泣きながら喚く結那に保雄は、
「勝手に見たのか?」
と逆切れで返してきた。
「他人の携帯を勝手に見る奴など人間のクズだ!」と罵り、結那の言い分など聞きはしない。
「恋人を信じられなくなったら終わりだな」と一方的に別れを告げられ、「出て行け」とバッグを部屋から放り出された。
結那は泣きながらとぼとぼと家まで帰った。
ここまで結那は訥々と話してきたが、涙ぐみ鼻水を啜り上げた。
麻弥は結那にティッシュを渡すと、キッチンに立った。
お湯を沸かし、アールグレイの紅茶を淹れる。
棚にあったお菓子―市販のサブレをトレイに載せ、結那に出してやった。
「ありがとう」
結那は鼻をぐずぐず言わせながら、少し微笑んだ。
紅茶を飲んでホッと息をつく。
少々落ち着いたところで、麻弥が無表情に、
「で?」
と言った。
「ど、どこまで話したっけ?」
たった今、思いやりを受けたと思った結那は、あまりに即物的な質問の仕方に面食らった。
「彼に遊ばれていたということが分かって、その上部屋から追い出されたところね」
「そう、それで・・・」
それから一ヶ月、結那は呆然と過ごした。小学校や中学校時分の淡い恋ではない。結那にとって初めての本格的な男女交際なのだ。家でも学校でもぼーっとする時間が長くなり、家族や友人を心配させた。彼女にとって大きなトラウマだろう。人生観や恋愛観に大きな影響を及ぼす出来事だ。
保雄から電話が来た。結那は保雄の電話もラインもメールアドレスも全て消していたが、電話番号を見るだけで保雄ということが分かった。
一瞬戸惑ったが結局、結那はその電話に出た。
聞けば保雄のいい加減な行動がばれ、大学でつまはじきにあってるという。本命の彼女には振られ、悪友の二、三人を除いて、交友関係も無くなってしまったらしい。
「結那、ごめんな。俺、お前にひどいことしてた。こんな目にあって気づいたんだ。頼む、会ってくれないか。あのときのことを謝りたい」
結那は保雄とよく行っていたファミリーレストランに呼び出された。
結那は悩んだ末、会いに行ったと言う。
(悩む?何を悩んだのかしら?)
麻弥にはまさに「のこのこ」とおびき出されたとしか思えない。
結那は保雄への気持ちを引きずったままで、自分に負けたのだ。
そこで保雄は泣きながら結那に謝り、復縁を迫ったというが、それは結那が心の片隅で期待していたことではないのか。
だが。
―あんなに偉そうにしていた保雄が、泣きながら許しを請うている。
保雄が泣くさまは結那の保護欲に訴えたらしい。
結那は今度は本命の彼女として保雄と付き合うことになった。
「それから二ヶ月くらいは上手くいっていたの。彼も以前と違って優しくて、デートもしたわ」
(長い話だわ)
少し楽しそうに回想する結那を見ながら麻弥は思った。
(どうして女は結論に辿り着くまで長々と関係ない話をするのかしら?)
むしろ女の話に結論などないように麻弥には思える。
その点、男と話すのは楽だった。
男の話にはとりあえずの結論があるからだ。ただその結論がたいていロクでもないというだけだ。
それでも麻弥は話を一から聞いて良かったと思った。
結那の頭が救いようのないほど悪い、ということが分かったからだ。
(この娘はどこまで馬鹿なのかしら?)
もちろん麻弥は表情には出さない。
「でもね・・・」
結那の顔が曇った。
いよいよ、ようやく話の核心に入るらしい。