M/Aya
 保雄は奮発した。
 少し気取ったイタリア料理の店に麻弥を連れて行ったのだ。

 「素敵!こんなところ、来たことないです」

 「まあ、高校生の来る店じゃないよね」

 保雄は少し気取って笑ってみせた。この笑顔に参ってしまう女も多いのだろう。
 コース料理を頼むと、保雄はしきりに麻弥にワインを勧めた。

 「高校生だったら少しくらいいいだろ?イタリア料理のコースでワイン抜きじゃ食べた気がしない」

 (馬鹿の一つ覚えね)

 酒を飲ませて女を落とすという手法は昔からあるが、それだけ効果的なのだろう。こういう発想があるから、酒に睡眠薬などを入れる馬鹿が現れるのだ。麻弥は少し前に話題になったある大学のサークルの新歓コンパの事件を思い出した。
 もともと酒を浴びるほど飲ませる上に、何かの薬物を混入したらしく、何人もの女子大生が路上で昏睡し脱糞までしたという。
 まったく男というのは容赦ない。女とやる為なら上京した手の新入生にまでこの仕打ちだ。

 麻弥は定石どおり、最初は断って見せたが、その後は進められるままに二杯、三杯と飲んだ。その間に保雄は、結那と別れるかも知れないと匂わせながら麻弥を口説き始めた。
 麻弥は結那に悪いと言いながらもまんざらでもない雰囲気を演じてみせる。その内、深酔いした。

 「大丈夫?」

 と保雄が心配するのを制して麻弥は一人でトイレに立った。
 麻弥はトイレに入ると、手洗い台の鏡を見た。頬は紅に染まっているが、鏡に映った表情は驚くほど醒めていた。青みがかった瞳はまっすぐに自分を見つめている。

 (こんなのも疲れるわね)

 麻弥はバッグの中を確かめてからトイレを出た。
 
 「本当に大丈夫?ごめんね、調子に乗って飲ませすぎちゃったね」

 「本当に大丈夫です」

 麻弥はとろんとした目で保雄を見た。

 「保雄さんと話してると楽しいですし」

 「そっか。じゃあ俺もちょっと」

 今度は保雄がトイレに立った。
 麻弥はバッグから小さな小さなパケを取り出し、保雄のワインに顆粒を溶かした。
 
 店を出てから十分も立たずに保雄はふらふらし始めた。
 
 「あれ?俺も飲みすぎたのかな?」

 「保雄さん、大丈夫?」

 麻弥が心配そうに保雄を見た。
 それから彼は何も覚えていない。
 気づけば自分の部屋のベッドの中にいた。
 傍らに麻弥が立っている。

 (この娘が俺を部屋まで連れてきてくれたのか・・・)

 保雄はごく常識的にことの経緯を推測した。

 「ごめん、麻弥ちゃん―」

 言いながら起き上がろうとしたとき、異変に気づいた。起き上がれないのだ。
 体中を何かで縛られている?
 布団がかぶさって自分の体を見ることが出来ないが、腕は後ろに回され、手首のところにきつく食い込んでいる感触がある。足首にもだ。

 「おはよう、保雄さん」

 「ま、麻弥ちゃん、何これ?」

 保雄はまだ事態が把握できない。 
 ただ、見下ろす麻弥の瞳は、これが先ほどまでと同じ少女か、と疑われるほど冷たく、虚無を湛えている。

 自分の状態よりも、むしろその麻弥の様子で保雄は本能的に悟った。

 ―自分の人生でも初めてのレベルでやばいことが起こっている。 

 「どういうことって?結那のことで相談があるの」

 麻弥の声にまで抑揚が無くなっている。麻弥が何を考えているのかさっぱり分からない。

 「ちょ、ちょっと待てよ?俺に何をした?俺は縛られてるのか?」

 「見る?」

 麻弥は形の良い唇に笑みを浮かべた。布団を引き剥がすと、全裸で亀甲縛りされている保雄のカラダがあらわになった。

 「な、なんだこれぇ?」

 保雄の声は裏返っている。

 「お、おいっ!解けよ!なんなんだよぉ!!」

 保雄は体をじたばたさせたが、縄が食い込むばかりで戒めは少しも緩まない。全裸で芋虫のように暴れる自らの姿はあまりにもみじめだった。

 「上手いでしょう。私を縛る男に教わったのよ。今じゃ、そいつが私に縛られて喜んでるけどね」

 「・・・・・・!」

 保雄は絶句した。目の前の少女は何者なのか。

 「とりあえず記念撮影でもしましょうか?」

 麻弥はスマホを構えた。そのスマホには見覚えがあった。というより、保雄のスマホではないか。

 「や、止めろ!」

 保雄は怒鳴ったが、むなしくシャッター音が鳴り響く。

 「さあ、ツイッター?SNS?ライン?どれからいく?」

 「ちょ、ちょっと待てよ、いったい何なんだよっ!!」
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