波の音だけ聞こえない
タイトル未編集
「おはようございまーす。」
近所で人気の洋食店でアルバイトを始めて、三か月。
夕方、5時半とは思えない挨拶にもようやく慣れた。
キッチン裏ってみんなが呼んでいる食糧庫の壁に貼ってあるシフトを確認。
「今日のメンバーは、ええっと・・・」
おっと、今日は全員集合じゃん。
そっか、金曜日。
開店前からお客が並び、駆け込みラストオーダーが続く金曜日。
お店にしたら、稼げる日。
だけど、時給は変わらない。

棚からコックコートとエプロンを抜き出すと、更衣室代わりのトイレで身につける。
髪を手早く一つに結んでいると、ノックと同時にドアが開いた。
「おは、でーす」
「・・でーす」
げっ、香織と真美子か・・・

私より1カ月早く入ったからって先輩風を吹かすこの二人が私はあまり得意じゃない。
1カ月の差で仕事ぶりに大きく差があるわけでもないのにさ。
苦手な相手は、とりあえず笑顔で返す。
「おは、でーす」
続けて
「先、行ってまーす」

いつもなら鏡で身だしなみをチェックするんだけど、今日は省略。
もう。
きれいにまとめられてんのか、私の髪?!

入り口ドアの前には、もう客さんが何人も待っている。
さすがの金曜日だ。

CDプレイヤーのプレイボタンを押す。
すっかり耳になじんだ、けだるいシャンソンが好きだ。
何を歌っているのかわからないし、そもそもここ以外で聞いたこともないのだけどね。

五個づつ七列に並んだお冷用のグラスに氷を入れていく。
おしぼりケースにおしぼりが詰まっていることを確認。
各テーブルには先にメニュー表を置いていきながら、紙ナプキンの量もチェック。

開店前のこの時間、好きだなぁ。
それも店の前にはお客様がずらりっていうこの状況。

四人掛けのテーブルが九つとカウンター席が22席のこの店は、
ハンバーグが美味しいと評判で、雑誌やテレビでもよく紹介されるものだから、
遠方からの客も多い。
時には有名人が来ることもある。
もちろん昔から通い続けてくれている地元の常連さんも多くって、
週末にはオープンと同時に満席になることが多い。

オーダーをとっているところに、隣のテーブルから声がかかる。
ドリンク類を届けて、オーダーに合わせたカトラリーを並べる。
出遅れてしまい、テーブルにつけなかった待ち客の人数とお名前をリストに記入する。
お冷のグラスが空になっていないかどうかも気にしないとね。
そんな忙しさを予感させるちょっとピリピリした雰囲気がたまらない。
オープンキッチンの中にいる料理人さんたちも何度となく外の待ち客に視線を向けていて、
なんだか、そう!
舞台のそでから観客の様子を見ているオーケストラの一員になったみたいな気持ちなのだ。
・・・ってオーケストラの一因になったことなんかないけどさ。

「それからあとは・・・」
一人で着々と開店準備を進めているとお客さんの間を縫って美奈ちゃんと真緒ちゃんが
立て続けに飛び込んできた。
「おはよう。ごめんね、ギリギリになった」

二人とも地元女子の憧れナンバーワンの女子大に通っている。
美奈ちゃんは文学部、英文学科の1年生。洋食店では一年前からアルバイトをしている。
真緒ちゃんは国際学部国際学科の2年生。バイト歴は2年。一番の古株だ。
美奈ちゃんと真緒ちゃんに会って、私も同じ女子大に行こうと決めた。
大学に入るのは再来年。その時、真緒ちゃんは4年生。美奈ちゃんは3年生。
どちらかと同じサークルに入って青春を謳歌するんだ!!

二人と入れ違いに香織と真美子がようやく出てきた。
あんたたち、支度にどんだけかかってんの?!


< 1 / 4 >

この作品をシェア

pagetop