波の音だけ聞こえない
最後のお客さんが会計を終えて帰って行った。
一日を締めくくる、ひときわ大きな、ありがとうございました、が店内に響いた。
ドアが閉まるとCDを止める。
シャンソンが聞こえなくなると途端に店らしさがなくなるから不思議だ。
それから入り口前の電気を消す。
ふぅ。今日もよく働いたよな、私。
「中はいくつですか?」
真緒ちゃんがシェフさんたちの賄いの数を確認する。
ホールの数プラスシェフさんの数ぶんのお冷を用意するのだ。
一、二、三、・・・と石部さんが厨房の人数を確認し、「八」と言った後で付け加えた。
「プラス二な」
プラス二って?
と思う間もなく、ドアが開いて、昨日の二人連れが現れた。
二人して今日もやっぱりラフなTシャツに短パン、プラス首にタオルだ。
「お疲れーっす」
二人組は声を揃えて言った。
「おぅ、お疲れ」と石部さん。
「お疲れっす」とシェフさんたちも口々に返す。
中の人たちはみんな、キッチンの片づけをしながら、昔からの知り合いみたいに二人と談笑している。
ランチタイムの仕込みから、つまり朝十時からずっと一緒に働いているシェフさん達には時間の長さだけではなくて、料理人っていう共通の立場からも連帯感があるのだろうけど、男の人特有のチーム感に疎外感を感じるのはこういう時だ。
一瞬にしてまとまる感じ。
ラグビー部とかサッカー部とか、そういう運動部系のマネージャーをしていると、仲間に入り切れない気持ちを味わう時ってない?
野球部のマネージャーをしている友人の美加にそう聞いたことがある。
美加は、「そこがいいんだよ。」って言ってたっけ。
「女子の入れない男同士の熱い友情って感じがたまらないんだよね」
・・・よくわからん。
トイレに着替えに行こうとするとシフト表とにらめっこしている石部さんに呼び止められた。
「来週のシフトなんだけど、木曜日、出られるか?」
バイトのシフトは二週間前までにシフト表に記入する形で自己申告することになっている。
横に日付が、その下に縦に順に名前が書かれていて、自分の欄の出られない日は×、出られる日は丸を付けておく。
それを見て、石部さんがその日に出勤する子の丸印の上から赤で丸を付ける。
暇そうな平日に必要以上の人数はいらないから、仮に出られますって丸を付けていたとしてもバイトに来られないこともある。
逆に赤丸がつけられて、バイトに来ることになっていても、急に都合が悪くなった時には赤くなぞられていない丸印の人に交代を頼めばいい。
他所のお店のやり方は知らないけれど、なかなかナイスなやり方だと思う。
ただ同じ平日でも、例えば火曜日は三人で、水曜日は四人で、でも次の週の火曜日は四人で水曜日は三人だったりする。
週末は基本的にフルメンバーだってわかりやすいけど、平日の人数割りってよくわからない。
石部さんの、というよりも大人の頭の中には小娘にはわからない基準があるみたいだ。
シフト表を一緒に覗き込むと、次の木曜日、私の欄は空白だった。
あぁ、そうだ。
夏休み初日だから、友達と予定を入れるかも、と思って念のため空けておいたんだった。
他のメンバーは、と見ると、あらあら大変、×ばっかり。
今のところ、赤丸は一人、美奈ちゃんだけだ。
それなら、いいや。
石部さんが困っているみたいだから、人助けにもなるしね。
「木曜日、大丈夫です」
「やったね。サンキュー」
とっても軽い感謝の言葉を背に、着替えに急いだ。
みんなはすでに着替えを終えていたので、私と入れ替わりになった。
私が焦っているのがわかったのかな。
「隣の席、とっとくね」
そう言って、真緒ちゃんはドアを閉めた。
誰々の隣で食べたい、なんて当然ながら誰も言わない。
あまりにも子供じみているって自分でもわかっているから口に出せない。
ありがとう、真緒ちゃん。
大好き。
一日を締めくくる、ひときわ大きな、ありがとうございました、が店内に響いた。
ドアが閉まるとCDを止める。
シャンソンが聞こえなくなると途端に店らしさがなくなるから不思議だ。
それから入り口前の電気を消す。
ふぅ。今日もよく働いたよな、私。
「中はいくつですか?」
真緒ちゃんがシェフさんたちの賄いの数を確認する。
ホールの数プラスシェフさんの数ぶんのお冷を用意するのだ。
一、二、三、・・・と石部さんが厨房の人数を確認し、「八」と言った後で付け加えた。
「プラス二な」
プラス二って?
と思う間もなく、ドアが開いて、昨日の二人連れが現れた。
二人して今日もやっぱりラフなTシャツに短パン、プラス首にタオルだ。
「お疲れーっす」
二人組は声を揃えて言った。
「おぅ、お疲れ」と石部さん。
「お疲れっす」とシェフさんたちも口々に返す。
中の人たちはみんな、キッチンの片づけをしながら、昔からの知り合いみたいに二人と談笑している。
ランチタイムの仕込みから、つまり朝十時からずっと一緒に働いているシェフさん達には時間の長さだけではなくて、料理人っていう共通の立場からも連帯感があるのだろうけど、男の人特有のチーム感に疎外感を感じるのはこういう時だ。
一瞬にしてまとまる感じ。
ラグビー部とかサッカー部とか、そういう運動部系のマネージャーをしていると、仲間に入り切れない気持ちを味わう時ってない?
野球部のマネージャーをしている友人の美加にそう聞いたことがある。
美加は、「そこがいいんだよ。」って言ってたっけ。
「女子の入れない男同士の熱い友情って感じがたまらないんだよね」
・・・よくわからん。
トイレに着替えに行こうとするとシフト表とにらめっこしている石部さんに呼び止められた。
「来週のシフトなんだけど、木曜日、出られるか?」
バイトのシフトは二週間前までにシフト表に記入する形で自己申告することになっている。
横に日付が、その下に縦に順に名前が書かれていて、自分の欄の出られない日は×、出られる日は丸を付けておく。
それを見て、石部さんがその日に出勤する子の丸印の上から赤で丸を付ける。
暇そうな平日に必要以上の人数はいらないから、仮に出られますって丸を付けていたとしてもバイトに来られないこともある。
逆に赤丸がつけられて、バイトに来ることになっていても、急に都合が悪くなった時には赤くなぞられていない丸印の人に交代を頼めばいい。
他所のお店のやり方は知らないけれど、なかなかナイスなやり方だと思う。
ただ同じ平日でも、例えば火曜日は三人で、水曜日は四人で、でも次の週の火曜日は四人で水曜日は三人だったりする。
週末は基本的にフルメンバーだってわかりやすいけど、平日の人数割りってよくわからない。
石部さんの、というよりも大人の頭の中には小娘にはわからない基準があるみたいだ。
シフト表を一緒に覗き込むと、次の木曜日、私の欄は空白だった。
あぁ、そうだ。
夏休み初日だから、友達と予定を入れるかも、と思って念のため空けておいたんだった。
他のメンバーは、と見ると、あらあら大変、×ばっかり。
今のところ、赤丸は一人、美奈ちゃんだけだ。
それなら、いいや。
石部さんが困っているみたいだから、人助けにもなるしね。
「木曜日、大丈夫です」
「やったね。サンキュー」
とっても軽い感謝の言葉を背に、着替えに急いだ。
みんなはすでに着替えを終えていたので、私と入れ替わりになった。
私が焦っているのがわかったのかな。
「隣の席、とっとくね」
そう言って、真緒ちゃんはドアを閉めた。
誰々の隣で食べたい、なんて当然ながら誰も言わない。
あまりにも子供じみているって自分でもわかっているから口に出せない。
ありがとう、真緒ちゃん。
大好き。