薫子さんと主任の恋愛事情
「そうね。でもなにか困ったことがあったら、遠慮しないで私に話してね」
「はい」
その後おばちゃんは「お茶でも飲んでいく?」と誘ってくれたけれど、時間も時間だからまた今度と断って部屋に急ぐ。喉が渇いてることに気づきコップに水を入れると、それを飲もうと口をつけた。
「あ……」
コップに唇が触れた感触に車の中でのキスを思い出し、唇にそっと指を当てる。
「キス……したんだよね、私」
昨日までは妄想でしか恋をしたことがなかった私が、たった一日でその人生が変わってしまった。二次元は私を裏切らないと現実世界を避け、ただ甘い妄想に明け暮れる毎日。
ずっとそうやって生きていく──
そう思っていたのに。いきなり八木沢主任に告白されて、彼女になってしまうなんて。
人生、何が起きるかわからない。とは、よく言ったものだ。
ダイニングの椅子に座りため息をついても、頭の中に浮かぶのは大登さんの顔ばかり。ついさっき別れたばかりなのに顔が見たいと思うのは、それはきっと私がもう大登さのことを好きな証。
「こんな状態で会社行っても、私大丈夫かな……」
その後も考えるのは大登さんのことばかりで、それからしばらく何も手につかなかった。