薫子さんと主任の恋愛事情
経理部の扉を上機嫌で開けると、まだ誰も居ないと思っていた室内に麻衣さんがいて驚く。
「お、おはようございます」
「おはようございます。って薫子? こんな早くに出勤なんて珍しくない? 何かあった?」
麻衣さんは立ち上がると、心配そうな顔を私に向ける。
何かあった?……か。さすが麻衣さん、感が鋭い。
でも入社して二年、毎日ほぼ同じ時間に出勤していたんだから、わかる人ならわかることなんだろうけれど。
でも何があったかはまだ話すことが出来ないから、普段通りを装う。
「なんにもないですよ。ちょっと早起きしてしまって」
早起きしたのは本当。だから自然にそう言ったつもりだったのに、麻衣さんは眉をひそめた。
「薫子が早起き? やっぱり何かあったわね」
「そ、そんなこと……」
麻衣さんに疑いの目を向けられた私は、蛇に睨まれたように固まってしまう。
意志の弱い私はいつもならここで負けてしまい、何でも話してしまうところだけど。今日はどんなことがあったって、口を割るわけにはいかない。
ささっと自分のデスクに向かうと鞄を置き先週まとめた資料を手にすると、「工場の方に行ってきます」と逃げるように経理部を出た。