薫子さんと主任の恋愛事情
『ちょっと、薫子ーっ!!』
室内から聞こえた麻衣さんの声は聞こえないふり。一目散に走り建物を出るとホッと息をつき、工場棟の外にある自動販売機横のベンチに座った。
「危なかったぁ~」
こんな朝早く工場に行く用事はない。でもあのまま部屋にいたら、きっと麻衣さんのあれやこれやの追求に、大登さんのことを話していただろう。
麻衣さんのことを信用していないわけじゃない。会社で唯一なんでも話せる人だけど、事が事だけに慎重にいかないと、大登さんに迷惑をかけてしまうことになりかねない。
かと言って、麻衣さんからずっと逃げまわることもできないし……。
「困ったな」
はあ~とため息をつくと、ベンチにもたれて空を見上げた。青い空に大登さんの顔が浮かぶと、気持ちがふっと軽くなる。
「大登さん……」
口から溢れでた名前は、春がそこまで来ているのを知らせる柔らかい風に流されていく。
「呼んだ?」
「え?」
声が聞こえた方に振り向くと、風で少し乱れた前髪を直しながら微笑む大登さんが立っていた。