薫子さんと主任の恋愛事情
「大登さん、あっ……八木沢主任、おはようございます」
慌てて起立すると、挨拶とともにお辞儀をする。
昨日までの流れで『大登さん』と呼んでしまい、誰かに聞かれてやしないかと、お辞儀をしたまま周りに人がいないか確認。
よし、誰もいない!とホッとしたのも束の間、大登さんに「薫子、おはよう」と名前を呼ばれ大慌てで大登さんに近づいた。
「八木沢主任、ここ会社ですよ。私のことは西垣って……」
「なんで?」
「な、なんで?」
「薫子は薫子だろ? なんで薫子って呼んじゃいけない?」
大登さんの口から“薫子”連発で、頭がクラッとする。
私の名前は薫子で、たしかに間違いではないけれど。まだ出勤してる人が少ない時間だとは言え、どこで誰が聞いているかわからないのに……。
「すみません。ちょっと工場に用事があるので、これで失礼します」
ここは自分から離れたほうが良さそうだと、ここでも嘘をつく。今度はどこに逃げようか考えながらくるりと方向転換した私の右手を、昨日何度も重ねた大登さんの手が繋ぎとめる。