薫子さんと主任の恋愛事情
感じたことのない感触に、慌てて耳を抑える。全身に電気が流れたみたいに身体は一気に熱を帯び、立っているのがやっとの状態だ。
なんなのよ、これ……。
平静さを失ってあたふたしながら顔を上げれば、当の本人は涼し気な顔。
当然、今までにそんな経験のない私は、こんな時どう反撃に出ればいいのかわからなくて。いまだままならない身体をなんとか動かし八木沢主任から離れると、黙ったまま自分のデスクに向ってのそのそと歩き出す。
やっとのことで到着すると、倒れこむように椅子に座った。
「薫子? 何かあったの?」
椅子が激しく音を立てたからだろうか。私に気づいた麻衣さんが、向かいのデスクから立ち上がり私に声をかけてきた。
「な、なんでもありません。うるさくして、すみませんでした」
今の私は糸の切れたマリオネットのように、デスクにだらりと身体を預けている。普段なら、絶対に見せることない態度。社内の人に真面目を絵に描いたような人間と思われている私がそんな格好をしていて、『なんでもありません』なんて通るはずもない。
でも唯一、私のことを理解してくれている麻衣さんは、必要以上に追求はしてこなかった。小さくため息をつき苦笑すると、「話したくなったら、いつでも声かけて」と言ってデスク上に積んであった資料の向こう側に姿を消した。