薫子さんと主任の恋愛事情
小さな床の間のある個室は掘りごたつ式になっていて、部屋に入ると八木沢主任と向い合って座る。仕事でなら八木沢主任の前に座ってもなんの緊張もしないのに、今の私は目のやり場にも困るほど緊張していた。
個室じゃないほうがよかったのに……。
目線を床の間にある生花に定めると、どうしてものかと考える。
周りに他のお客さんがいれば少しは気も紛れて、もう少し普段の自分でいられたかもしれない。ふたりきりでは何を話せばいいのかもわからないし、話すきっかけもつかめない。
床の間に飾られている生花から目線を動かし、少しだけ八木沢主任の方を見てみる。
「そんなに緊張している、料理が来る前に疲れ果てるぞ」
そう言って笑う八木沢主任はもうすでに上着を脱いでいて、リラックスモード全開だ。
八木沢主任。料理が来る前に疲れ果てるんじゃなくて、もうすでに疲れ果てています。
でも何故か楽しそうな八木沢主任を見ていたら、ひとりで無駄なことを考えるのがバカバカしくなってきた。
まだ脱いでなかったコートを脱ぐと、右側のポケットから颯をこっそり出して鞄の中にしまう。そして何事もなかったように座り直すと、八木沢主任と目が合った。
「な、なんですか?」
人のことを探るような八木沢主任の視線に、落ち着かない気分になる。
「薫子は颯のことが、本当に好きなんだな」
そう言う八木沢主任の目が悲しげに揺れる。でもそれは一瞬のことで、すぐにいつもの笑顔に戻った。