泣き顔に甘いキス
「……た?どうした?夏奈?」
愛ちゃんの声でハッと我に返る。
完全に周りをシャットダウンしてしまっていた。
「な、なんでもない」
笑顔を浮かべて愛ちゃんに答える。
……ちなみに名前もコンプレックスだ。
笑っても泣き笑いになってしまう私に“夏奈”なんて明るい言葉は似合わない。
夏なんて似合わない。
そして愛ちゃんはしばらくは私の様子を気にしていたものの、バスケ部の愚痴から日ごろからの愚痴に変わっていく。
「昨日遊んだ他校の先輩、ほんっとうにウザかった。顔だけの男で、口から出ることは全部自分の自慢話。だから途中で帰っちゃったんだよねぇ」
頬杖をついて、天井を仰いだ彼女。
そんな些細な行動ですら、視線が勝手に追ってしまう。
チラリと少し離れたところにいるクラスメイトの男子を見ると、顔を真っ赤に染めて愛ちゃんをガン見していた。
愛ちゃんは誰のモノにもならない自由気ままな猫、というイメージだ。
こうして男の悪口を言っていても、本当は興味の欠片もないんだろう。
ウザいという感情すら抱いていないと思う。
今はこうやって少しだけ覚えていても、明日になれば忘れているはずだ。
"男"に興味はないけど、毎日男と遊んでいる愛ちゃん。
もちろんその遊びの事は詳しく知らないけど、健全な遊びではないはずだ。
なんで愛ちゃんがこんなことを続けているかは知らない。
愛ちゃんの考えは、あたしにはわからない。
また泣きそうになっているであろう顔をそっと手で覆った。