読心女子≠恋愛上手<お悩み二乗はπ
第1話

(私には類い稀のない能力が生まれつき備わっている。でも正確に表現するならば、そう自分自身で認識していたに過ぎないのかもしれない……)
 新城愛美(しんじょうまなみ)は教室内の自分の席で考え込みながら、一人の男子生徒を見つめる。 両親や兄姉にも公言したことはないが、愛美には世に言われる読心術が物心付く頃には備わっていた。
 例えば、母の考える夕ご飯の献立やその日の機嫌、父が休日にどこへ遊びに連れて行ってくれるのかも予め理解できていた。その内容を先回りし言ってみても両親からは褒められる程度で、気味悪がられることもなかった。それは兄や姉も同じで、勘の鋭い妹程度にしか見られていない。
 しかし、同級生や友達、親戚の大人達からは特異な目で見られ、避けられることがしばしばあった。公言したところで良いことなぞ何も無いと身を持って体験して以降、自分自身の能力は伏せ、ただ黙して自分の利益のために使う生活を送っていた。

 そんな生活を送っている中、ただ一つだけ気がかりなことが発生する。それは視線の先にいる伊藤啓介(いとうけいすけ)の存在だ。啓介とは同い年で幼少の頃から面識があり、互いの家が近所ということもあって家族ぐるみの付き合いが続いている。
 子供の頃はたいして意識もしてなかった啓介だが、中学高校と同じ時を過ごす中で愛美の方から仄かな恋心が芽生えていた。読心術を持つ愛美にとって、意中である啓介の本心を知ることは造作のないこと、になるハズだった。現に今までの人間関係は自身の能力で無難に乗越えてきている。
 自分の存在を快く思っていない相手には、その理由を事前に知り感情を逆撫でしないように立ち振舞う。反対に贔屓にしてくれている相手には、もっと気に入られるような言動をしてきた。そうすることでトラブルを未然に防ぎ、自分の生きやすい環境を獲得していたのだ。しかし、今回のケース、啓介に対する状況は全く違っていた。
(なんで? なんで啓介の感情や思考が読めないの? いくら頭を凝視しても真っ白なモヤしか映らない。こんなこと初めてだ……)
 つまらない古文の授業を右から左に流しつつ、普段通りさしたる儀式も集中もせず啓介の思考を読もうとするも、愛美の頭には何も入って来ない。心が読めないことによる動揺を抑えつつ、周りのクラスメイトを試しに見ると下らない思考がどんどん脳内に入ってくる。
(私の能力が無くなった訳じゃない。やっぱり啓介にだけ通じないんだ。なんでだろう、あのときまではこんなことはなかったのに……)――――

――三年前、 中学二年も三学期に入り、そろそろ進路を考えている生徒が増えている中、ご他聞もれず愛美も進路について考えていた。ただし、それは将来のことを見据えての進路ではなく、単純に啓介がどこの高校へ進学するかの一点だ。
 思春期真っ盛りのこの年代にとって、ややもすると異性との会話はスキャンダラスな話題になりかねない。二人っきりで話すという行為が、どこか照れくさいと言うのもあるが、啓介の立場も考えると気軽に話し掛けられない。
 様々な葛藤を胸に抱きながら考え抜いた末、家が近所という利点を活かし、愛美は偶然を装い自宅付近の交差点で待ち伏せをすることにする。変に意識しすぎているとは理解しているものの、現状これが最良の選択だと信じ愛美は通学鞄を抱きながら道を行き交う車や歩行者を眺める。
 愛美の前を通り過ぎる人々の思考も読もうと思えば読めるが、大抵ろくなことを考えていないので意識して目も合わせないようにしている。中には心底困っている人がいて手助けしたくなるケースもあるが、進んで助けることで藪蛇になっても困るのでそこも控えざるを得ない。良くも悪くも他人の心が読めるということは愛美にとって悩みの種と言える。
 複雑な心境を自身で反芻しながら眺めていると、通りの先から小走りで近づいてくる啓介を見つける。それだけで少し心拍数が上がり緊張してしまうが、心を落ち着かせて話し掛ける準備をした。
(自然に、そう、自然によ。いつものような感じで、ただ単に進路を聞くだけ。明日の天気を聞くくらいどうってことのないことよ)
 自身にそう言い聞かせながら、愛美は落ち着いた振る舞いで啓介の前にと立ち塞がり開口した。
「ちょっと! 待ちなさいよ、バカスケ!」
「なんだよ、デコスケ。こっちは今急いでんだ」
 不機嫌そうな顔をして啓介は愛美と向き合う。一度会話が始まれば二人の間に遠慮はない。
「急ぐって、どうせ帰ってゲームするだけでしょ? このオタク野郎」
「失敬だな君は。英才教育真っ最中のワタクシは帰宅後真面目に勉強するのだよ」
「ハイハイ、そんで勉強したあかつきにどこの高校に行く気? そもそもアンタの学力で高校受験自体できるのかが甚だ疑問です」
「言ってくれるじゃねえか。俺の学力でも東校は余裕なんだぞ? ま、本命はブレザーがカッコイイ北校だけど」
(聞くまでもなく情報ゲットね……)
「なるほど。じゃあ大切にしているPSPやPS3を受験終了まで私が預かってても問題ないわよね?」
「それとこれとはハナシが別だろ!? ゲームなくして勉強なぞできるか!」
「何その変な名言。まあいいわ。アンタがどうなろうと私には関係ないし」
「だったら聞くなよ。つーか、何か用か?」
(しまった。既に聞きたいことを知ってしまったから用がない。どう切り替えそう)
 内心動揺しつつ愛美は頭をフル回転させる。
「ああ、あれよあれ。母さんが最近バカスケ顔見せないから心配してたのよ」
「オマエの母ちゃん絡みか。確かに中学入ってあんまオマエんち行ってないもんな。まあ行ってたのは手作りマドレーヌが目当てだったんだけどな。今でも作ってくれてたりする?」
「ええ、私は結構飽きてるんだけどね」
「だったら今度うちに持ってきてくれよ。ゲームにお菓子は必需品なんだよ」
「結局ゲームばっかじゃない。って言うかなんで私がわざわざアンタのために宅配マドレーヌしなきゃいけないのよ。寝言は寝て言え!」
 強く言い放つと話の切り時と判断し愛美は踵を返す。自宅が同じ方角ということで必然的に並んで通学路を帰宅するハメになるが、その道中、啓介はゲームとマドレーヌのことしか話題にせず愛美は少々辟易とする。さりげなく心の声に耳をすませてみても、裏表なく本心でマドレーヌを欲しているようで、そこがどこか子供っぽく見え帰宅後ベッドで一人苦笑いしていた。


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