読心女子≠恋愛上手<お悩み二乗はπ
第17話
五月、尊敬していた里菜も卒業し、最終学年となった愛美は新幹線の中から見える景色を眺めながら振り返る。詩織からもたらされた突然の告白に当初は動揺し警戒していたが、あの公園の一件以来、詩織は手芸部を辞め愛美を完全に避けるようになっていた。
廊下で愛美の姿を確認しようものなら詩織の方から方向転換し足早に去って行く。その豹変ぶりに戸惑う面もあるが、愛美自身もあまり相手にしたくないと思っており現状を受け入れる。何かあっても嫌なものだが、何のアクションも起こされないのも気持ちが悪く、頭の片隅にはいつも詩織の存在がいた。
黙ったまま想いに耽る愛美に痺れを切らしたのか、真横から知世が脇腹を突く。
「はぅ、コラ! 何すんの!」
「いや、なんか暇で」
「アンタは暇なら他人の脇腹突くんかい!」
「まあまあ、さっきからずっと何考えてる? 深刻そうな顔してたけど」
「ん、まあ、いろいろかな。進学のこととか」
「啓介君のこととか?」
「うっ……、まあ。それも」
学校サボり事件から再び啓介との交流は疎遠になり、微妙な距離感が出来てしまっていた。今思うと駅のホームで想いを告げても良かったような気もしている。
「あのさ、私が言うのもなんだけど、啓介君から告白を待つって選択はないと思った方がいいよ?」
「えっ?」
「ホラ、啓介君ってそういうの鈍感だから、たぶん愛美から直で言った方が早いと思う」
「あのね、そんなに簡単にできるならとっくに言ってるし、バカスケの性格も熟知してますよ。全く、自分達が上手くいってるからって簡単に考えないでよね」
「上手くって言っても、学年違うし一緒に修学旅行いけないんじゃ寂しいだけよ。はあ、早く帰って孝ちゃんといちゃいちゃしたい」
「ハイハイ、のろけは聞き飽きたからどっか行け」
「ふぇ~い」
変な挨拶を交わしながら自分の車両に戻って行く。知世と孝太が付き合うきっかけになったのはちょうど愛美と詩織が衝突した日。孝太の自宅に行ったことが契機となり、家族に気に入られとんとん拍子で交際することになった。最初は知世本人も戸惑っていたが、時間が二人を親密にし今では目に毒なくらい仲の良いカップルになっている。
知世を見送ると愛美は再び視線を窓の外に移す。三年生になると共にあったクラス替えで、啓介とは別々のクラスとなった。そして、知世と一緒になることもなく、逆に苦手としていた澄と若葉がクラスメイトとなっていた。表面上は同じ手芸部として普通に接しているが、里菜が卒業してからは自分が嫌悪の的とされているのが分かる。クラスメイトでも特に親しい友人もおらず、知世が顔を見せないときは独りでいることが多い。
(きっとつまらない修学旅行になるんだろうな……)
小さな溜め息を吐きながら愛美は景色を眺め続けていた。
京都への修学旅行は二回目ということもあり、さほど興味もないが自由時間に啓介と絡むことができたらと密かに望む。危険な場所には行かないようにとの忠告等を聞き流し、お目当ての自由行動となる。啓介のクラスをチラチラ見ていると、思いもかけず澄が話し掛けてくる。
「ねえ新城さん、この近くに恋愛成就のお寺があるの知ってる?」
「恋愛成就? ああ、泉涌寺?」
「そうそう、一緒に行かない?」
(恋愛成就……、これはもう是非もないけど、何か裏があるとしか……)
笑顔の下に隠された本心をそれとなく心を読む。
『お祈りしてるところを邪魔してやる』
(ですよね~、まあいいや)
相手の思惑を知っての上で愛美は承諾する。断るとこれからの三日間が苦痛になり兼ねないとの判断だ。澄と若葉のコンビと並び泉涌寺へと向かうと、警戒しつつ読心モードでお祈りをする。しかし、二人とも予想外なくらい真剣に祈っており、なんだかんだ言っても女の子なんだとほくそ笑む。祈りに集中しすぎ、愛美の邪魔をし忘れ悔いている澄達を尻目に愛美は参道を歩く。
初日は難なく終え、二日目は担任の加瀬加奈子(かせかなこ)を含めクラスメイト数人で名所である天橋立へと向かう。澄と若葉の視線を無視しつつ心地良く電車に揺られる。昨日邪魔出来なかった分、今日こそは何かを仕掛けよういう魂胆が見え見えだ。天橋立方面行きの車内には他のクラスの生徒も多く見られ、後ろ姿ではあるがホームで詩織が乗って行くのも確認している。
(目が合ったらまた逃げて行くんだろうな。そこまで避けなくてもって思うけど、やっぱり読心術が出来るって点が大きいか。それとも私のビンタが効きすぎたとか……、私も麻耶さんに似てきたのかしら)
ビンタという単語でいつぞやの啓介のシーンが甦り思い出し笑いする。その様子を澄は冷ややかな目で見つめていた。
バスに乗り換え由良ヶ岳遊歩道まで来ると、気合を入れて登山する。登山とは言っても距離は短く、目的地である西峰に到着すると眺望美しい天橋立を携帯電話で撮りまくる。東峰からもパノラマも絶景とガイドブックには書いてあったが、西峰よりも距離がありそこまで行く元気はない。空の雲行きが怪しくなっていることもあるが、背後から感じる澄のねっとりした視線が気持ち悪く、嫌な予感を覚えていた。
他の生徒達も含め皆が西峰から下山している最中、澄達の姿が見られず不思議に思う。列の一番後ろを歩くことになっており、予想では一緒に下山してる途中で何かしらのアクションがあると踏んでいた。しかし、現状は目の前に同じ高校の生徒が見られるだけで、愛美の周りには誰も居ない。
(諦めて下山したのかな? 雨降りそうだし、面倒臭くなったのかも。まあ、心読めるし対応できるからどっちでもいいんだけど)
青々と雑草が繁る歩道を涼しげな表情で歩いていると、真横の茂みからふいに何かに体当たりされ歩道下の山肌に吹っ飛ばされる。
(えっ!? 何?)
急斜面を転がり落ちながらチラリと見えた澄の姿が、意識のあるうちに見た愛美の最後のシーンとなった。