読心女子≠恋愛上手<お悩み二乗はπ
最終話

「この中で、新城さんを見かけた人はいない!?」
 小雨降りしきる中、加奈子は焦りながら北校の生徒に聞いて回る。しかし、芳しい返事も無くバス停の前でおろおろする。担任としての責任問題も視野に入っているのかもしれないが、その狼狽している様子から本心で心配しているのが伝わる。
 点呼により愛美が下山していないことを知った加奈子は、クラスメイトである澄や若葉にも同じ問いを投げたが二人は知らぬ存ぜぬを決める。ただ、自分達のやったことに対する事の重大さに気づき始め、顔色は悪くなっていた。
 クラスメイトの有志数人は遊歩道へと駆けて捜索に向かったが、未だ発見の連絡はなく加奈子の顔色も悪い。そこへバスが到着し、同じ北校の生徒と引率の三宅伸介(みやけしんすけ)が降りてくる。場の不穏な空気を察したようで、伸介は加奈子に問い現状を把握する。
 その背後で話を聞いていた啓介はみるみるうちに顔色が変わり、全容を聞くまでもなく駆けだしていた。しかし、次の瞬間駆けていく啓介を詩織が呼び止める。
「伊藤君、ちょっと待って」
「なんだよ! 今急いでるんだ!」
「私、元手芸部で仁古詩織って言うの。覚えてる?」
「ああ、確かサボった愛美を一緒に探してくれたよな。で、なんだよ」
「新城さんって、同じ部員の甲斐澄さんと桐生若葉さんからあまり良く思われてなかったみたいなの。あそこで顔色を悪くしている二人がそうよ」
 そう二人を指差さすと、啓介はすぐに詰め寄る。
「おい、アンタ達、新城愛美のことについて何か知らないか?」
「し、知らないわよ。ここに来て話してもないし見てもないもの」
「そうよ、仁古さんの邪推にも程があるわ」
 怖い顔をして詰め寄る啓介に二人は切れ気味に突っぱねる。しかし、詩織の次の一言で顔色が一変する。
「茂みに隠れて体当たりしておいて、よくそんなこと言えるわね。甲斐さん」
 詩織の言葉に詰まる澄を見て啓介の顔つきはさらに厳しさを増し、加奈子や伸介もその様子も見守っている。
「体当たりだと? どういうことだよ。ホントのこと言え!」
 大声で言われた澄は完全に戦意を喪失し、泣きながら事の顛末を語る。聞き終える間も無く啓介は遊歩道へと駆け、詩織もそれに続いた――――


――脇腹の痛みで意識を取り戻した愛美は、現状把握に努める。空からは冷たい雨が降り、冷めた愛美の体温をどんどん奪って行く。
(そうだ、私甲斐に落とされたんだ。って言うかこれ殺人未遂じゃない? いや、むしろこのままでは殺人事件に……)
 痛みに耐え起き上がろうとするが、肋骨を痛めているようで上手く上体を起こせない。声を出そうにも力が入らず、この状況に絶望しかける。
(ヤバイな、これは本当に明日の新聞の見出しに小さく出ちゃうかも。修学旅行の生徒、登山で事故死とか言って。うう、我ながら縁起でもないことを想像してしまう……)
 寝転び雨空を眺めながら考えるのは啓介のことで、寂しさと恐怖心が心を支配していく。
(助けて啓介……、寒いよ、助けてよ……)
 絶望の淵で幾度となく啓介の名を連呼していると、遊歩道から男女の声がかすかに聞こえてくる。目をやるといつも見るクラスメイトがおり、助かった思うが次の瞬間再び絶望する。
「早く探さないと大変なことになるぞ」
『あんな根暗女のために雨の中捜索なんてやってらんね~』
「長時間雨に打たれたら肺炎になりかねないものね」
『はあ、なんで私が仲良くもない新城さんのために駆けずり回らないといけないのよ。早く帰ってシャワー浴びたい』
 聞こえてくる建前と本音を聞き足早に去っていく様子を見ると、愛美は痛む脇腹を抱えうずくまる。
(所詮、みんな自分が可愛いんだ。なまじこんな能力があるから傷つくんだ……、本当に知りたい相手の心は知れないのに、皮肉だな……)
 涙が自然と溢れ助けを諦めかけたとき、新しい声が聞こえてくる。
「この下から微かだけど声がしたわ」
「ホントか!? おい、愛美! 愛美いるか?」
(啓介!?)
 顔を向けるとそこには啓介と詩織が立っており、目が合った瞬間、啓介は飛び降りていた。


 二人がかりで引き上げると、啓介は愛美を背負い下山し始める。詩織は携帯電話で加奈子へ無事確保と救急車の手配を伝えると、
『貴女に頬を叩かれて、私の存在を否定されてショックだった。けれど、貴女の言うことも一理あったし、自分が思い上がっていたのも客観視できた。けれども、私は生き方を変えるつもりはないし、これからもサトリを使って上手く生きて行く。これは貸しよ、新城さん』
 とだけ思念で伝え微笑むと先に下山して行った。二人っきりになると、啓介の方から口を開く。
「怪我は大丈夫か?」
「うん、今は大丈夫」
「そうか、ならいいや」
 そう言うとしばらく沈黙が流れるが、愛美は想っていたことを切り出す。
「ありがとう、啓介……、啓介が来てくれてなかったら私どうなってたか……」
「いや、感謝するなら仁古さんにでも言ってくれ。甲斐の嘘を見破って、愛美を見つけたのも仁古さんだからな」
(やっぱり仁古さんの能力か。じゃないとこんなにピンポイントで探し出せないものね。ホント大きな貸しができちゃったわ)
「仁古さんには改めてお礼を言うとして、啓介はなんで私のためにここまでしてくれるの?」
 愛美の問いに啓介は少しためてから答える。
「当たり前にことをしてるだけだ。長い付き合いなのに、そんなことも分からないのか? 全く……」
 呆れたようなその物言いに愛美の心は温かくなる。
(当たり前のこと……、分からないことが、心を読めないことがこんなにも嬉しいことだなんて思いもしなかった)
 心を読めないことで初めて知る想いと優しさに触れ、涙が溢れてくる。
「うん……、ごめん、そうだよね。啓介は昔から私を守ってくれてたよね」
「そうそう、イジメられてた愛美を俺がいつも助けてたよな」
「うん、凄く嬉しかったのを覚えてる。ねえ啓介、これからもずっと私のことを守ってくれる?」
 告白にも近いセリフに啓介は戸惑いながら返す。
「ん、まあ……、気が向いたらな」
 背中越しに返されるそっけない答えに愛美の胸は熱くなる。心も読めず確証のない返事なのにも関わらず、言葉と態度の中にある優しさで啓介の本音は溢れ、愛美の心を愛でいっぱいに満たしていた――――



――十年後、理緒(りお)の三歳の誕生日を迎えるにあたり、啓介は急いで帰宅していた。理緒が喜びそうなプレゼントの他に愛美へのサプライズも準備している。玄関のチャイムを鳴らすと、元気な理緒の声と共にエプロン姿の愛美が出迎える。
「おかえりなさい、アナタ」
「パパおかえり~! 抱っこ抱っこ!」
「ただいま、ちょっと待ってくれよ」
 帰宅早々甘えてくる理緒をたしなめながら、目配せしてバレないように理緒へのプレゼントを愛美に渡す。リビングに入りつつ抱っこされ無邪気に笑う理緒と啓介を見送りながら、愛美の心には温かいものが込み上げてくる。
(毎日実感してることだけど、こうやって節目節目を迎える度に本当に幸せだと思う。啓介は相変わらず真っ直ぐな人だし、理緒も健康で良い子に育ってくれてる。そして、何より……)
 紙袋の中に見える可愛く包装されたプレゼントを見つめて笑う。
(昔の私なら、プレゼントの用意からその中身まで事前に看破できてたのに、今となっては全く何も分からない。けど、分からないからこそ凄く嬉しいんだ)
 理緒を出産したと同時に愛美の読心術は完全に失われ、他人の意思を読むこともなくなった。もとより、啓介が登山で助けてくれた以降、心を読むこと自体無意味だと察し自身で抑えてはいた。心を読めることによるメリットより、読む事のできないメリットの多さに気づかされたのもある。
(世の中には、知らなくて良いことだってたくさんある。読心術が消えて丸三年。これからもずっと、このままの幸せを噛みしめていきたいな)
 幸せを胸一杯に抱きながら愛美はキッチンに向かい、理緒の三回目の誕生日を祝うご馳走に力を入れていた。

 豪勢な夕飯を済ませ、ケーキに立てた三本の蝋燭が可愛い伊吹により消されると、啓介は愛美を見つめてから頷く。言葉にされなくても意思は伝わり、愛美も頷き返して紙袋からプレゼントを取り出す。二人で箱を持ち理緒の前に差し出すと、心からの想いを伝える。
「理緒、誕生日おめでとう!」
 綺麗に梱包されたその箱を見ると、理緒は目をキラキラさせながらこう言った。
「わあ、ありがとう! 私、この『ひみつのラブリーBOXドキドキプリキュア』欲しかったの!」


(了)
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