読心女子≠恋愛上手<お悩み二乗はπ
第3話

「網目を落とすというのは、恋心を落とすのと同じようなもの」
 里菜は不器用な知世に対して懇切丁寧に編みを教えながら独自の世界を展開する。三年生で本来ならば部活を卒業し受験シーズン真っ盛りのはずだが、里菜は特別枠なのか進学もとっくに決まり悠々自適な振る舞いで学校生活をエンジョイしている。容姿端麗ということもあり男子は当然ながら女子からも人気はあるが、醸し出す独特のワールドに触れると大抵の人間は距離を置くようになる。
「編み物の極意とはなんだと思いますか?」
(来た! 川端康成的メルヘン比喩問答!)
 向けられる視線は知世であり、愛美を胸を撫で下ろす。
「想いを込めて編み込む、ですよね?」
「近くもあり、さにあらず。極意は時という命の伊吹を表現すること。この有限とされる世界において、貴重なる時間。この儚くも美しい時間を擁し、この白魚のごとき十指から創造さるる紡糸の最たるものや……」
 里菜独自の解釈が始まると他の部員は慣れたもので、耳を傾けながら黙々と手を動かし自分の作業をし始める。問答をされている知世はそうも行かず、先輩の貴重な意見を戸惑いながらも拝聴する。
(先輩、相変わらず凄まじい感性だわ。毎回思うけど、入部先を俳句部か何かと間違ってしまうわ)
 苦笑いしながらそれとなく里菜の心に触れてみるも、悪意もなくただ黙々と言葉を紡いでいるのが理解できる。
(経験上、こういう純粋な人って珍しいのよね。打算でもなく他人を陥れたりイジメたりする訳でもない。ただ純粋に自分らしく生きてる人。側に居てホッとするわ。それに引き換え……)
 同級生の甲斐澄(かいすみ)桐生若葉(きりゅうわかば)は馬鹿にするような目つきで里菜をあざ笑っている。
『また始まった。この人一度病院に行った方がいいんじゃないかしら。きっと精神的にオカシイ』
『相変わらず、お花畑が頭の中に咲いてそう~』
 さっと見ただけで二人の思考が読め、愛美は途端に気分が悪くなる。
(思ってるだけで言葉に表さないから良いものの。性格が手に取るように分かるわね)
 いつものことと気持ちを切り替え棒を進める。愛美の斜め前に座る仁古詩織(にこしおり)と一瞬視線が合うも目を逸らされる。同じ二年だが、内向的でかなり大人しい性格もあり殆ど交流もない。里奈とのやり取り時も真面目な心で向かい合って居たので、悪い人間でないことは理解できるがあまり得意な人物とも言えない。
 他の部員にも性悪な人物はおらず、澄と若葉を除けばもっと心地良い部になるのだろうにとつくづく思う。視線を知世に向けると、まだ里菜の独演が続いており、和歌の如く心地よい声を聞きながら愛美は棒をスムーズ進めた。

 部活も終わり里菜のことを話題にしながら校門を後にしていると、隣を歩く知世の顔色が急に強張る。
「トモ、どうした?」
「うん、いや、前を歩いてる三人組ってホラ……」
 言われるまま視線を向けた先にいるのは啓介であり、友人と馬鹿騒ぎしじゃれながら歩道を歩いている。
「うちのクラスの三馬鹿トリオね。トモ的にはドキドキしてるんでしょ?」
「もちろん。近寄りたいけど近寄れないもどかしでいっぱい」
「私からすると、そんな大層な存在じゃないとは思うけどね」
 熱い眼差しで見つめる知世の横顔を愛美は凝視する。
『啓介君可愛いな。どう控えめに見てもジャニースに居そう。彼女とか好きな人とかいるのかな? 居ないのなら早めに告白した方がいいんだろうけど、そんな勇気私にはないし自分に自信ないし。ああ、付き合いたいよ~』
 知世のストレートな感情を受け愛美も複雑な面持ちになる。
(やっぱりトモは啓介を本気で好きなんだ。どうしよう、応援すると言った手前トモのために力を貸さなきゃいけない。でも、私自身も本当は……)
 啓介を慕う存在が現われたことにより、自身の意識や想いに気がつき焦って心を読もうとするも、知りたい当の本人のみ頭部に霧がかかったようになり読心術が通用しない。相手の想いが分かればまだ心に余裕も出てくるのだろうが、今のタイミングで読めないのは愛美にとって大きな問題と言わざるを得ない。
 浮かない顔で考え込んでいる愛美の表情に知世は内心ハッとするが、気を取り直して帰宅を促す。その様子を手芸部の窓越しから不敵な笑みを湛え見つめる生徒がいた。
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