読心女子≠恋愛上手<お悩み二乗はπ
第4話
手芸部女子にとってクリスマスやバレンタインの告白イベントは、他の女子と比べアドバンテージが高い。特技の編み物による手作りの手袋やマフラーは鉄板で、かなりの武器となるは自明である。今部室で編んでいる部員もその殆どがマフラーを編んでおり、きたるバレンタインデーに備えているようだ。
当然のごとく知世も啓介に向けての品を丹精に編んでおり、その様子を複雑な表情で愛美は見守る。口にして聞いてはいないが、バレンタインまでに完成させて当日告白するという意思が溢れており、それは心を読むまでもなく理解していた。表向きは一友人として接し応援をしているが、その日が近づくにつれ愛美の心境は穏やかなれずにいる。
バレンタインデーを来週に控え、愛美は自宅のリビングにあるコタツでだらける。編み物も中断し遅々として進まず、ここ最近は漫然とした日常を送っていた。啓介への読心術は相変わらず通用せず、妙な焦燥感だけがどんどん心の内に広がっていく。
(とうとう来週がバレンタイン。知世の告白する意思は固いし、かなり気合が入ってる。もう止めることなんてできない。そもそも、私に止める権利なんてないんだけど……)
日曜日の昼間ということもあり、テレビ画面に映る下らないバラエティー番組を見ながら、愛美はテーブルの上でうつ伏せになり半分溶けている。その情けない状態を隣で呆然と見ていた真由美(まゆみ)が堪らず声をかける。
「ちょっとアンタ、顔が半分テーブルに沈んでるわよ?」
「うわぁい……」
「何語? っていうかどうした? 何かあったの? 最近のアンタおかしいわよ?」
「ん、別に……」
顔を半分溶かしたまま語る娘の姿に辟易しながら真由美は溜め息をつく。
「年頃の娘がスライムみたいに溶けてて、母さん悲しいわ……、ああ、そうそう。さっき買い物行ったときスーパーでケイちゃんと久しぶりに会ったわ」
啓介の名前が出た瞬間、愛美の目に生気が戻る。
「背が伸びててカッコよくなってたじゃない。クラスメイトなのになんで疎遠になってるのよ?」
「別に用も無いし」
「そう、小学生のときまでは仲良くして家にも良く来てたのにね。やっぱり思春期ってヤツかしら」
「さあね」
興味なさげに返事をするも、愛美の小さいな変化に気づけない真由美ではなく、すっと立ち上がるとキッチンに向かう。しばらくすると甘いバニラエッセンスの香りがリビングに漂い始め、程なくして真由美特製レーズンマドレーヌがテーブルに置かれる。
「私いらない」
「アンタじゃなくて、ケイちゃんに。会ったときマドレーヌをまた食べたいって言ってくれてね。早速届けてあげてほしいの」
「ええ~」
「ええ~とか言わない。このままじゃアンタ、テーブルと同化するわよ? 支度したらとっとと行く! これは命令よ」
(こんな寒空の下、バカスケのためにマドレーヌデリバリーなんて罰ゲームとしか思えないわ。でも……)
ふいに啓介と会えると考えただけで愛美の頬が紅潮する。その変化を笑顔で見届けると、真由美は満足そうな足取りでキッチンへと向かった。
自宅から徒歩2分の場所にある啓介宅の前に来ると、愛美は緊張した面持ちでチャイムを押す。中学くらいから疎遠になり、このチャイムを鳴らすのも数年ぶりとなる。冷たい風に耐え両腕の中にあるマドレーヌを大切に抱えながら返答を待つ。
(一番の理想は啓介がまだ外出中で、おばさんか麻耶(まや)さんにマドレーヌを渡すこと。最悪はバカスケ本人が出てくること……、って、私、自分ながら素直じゃないな)
内心ツッコミながら待っていると玄関の扉が開き、啓介本人が現われる。
「ん? 誰かと思ったらデコスケか。どうした?」
「コレ届けにきただけ。母さんから、マドレーヌ」
無造作に差し出された紙袋を啓介は笑顔で受け取る。
「おお、さっきスーパーでおねだりしたばっかなのに! ありがてえ、ちょうどおやつが欲しかったんだよ~」
「あ、そう。じゃあ、私帰るから」
「おう、サンキューな」
そういうと啓介はサッとドアを閉めて愛美を見送ることなく去っていく。その様子に、怒り半分呆れ半分の気持ちを抱きながら踵を返す。
(普通さ、お茶くらい誘わない? ホント鈍感って言うか、子供って言うか、馬鹿っていうか、アホって言うか。最上級のキングオブバカスケだわ!)
心の中で最大のけなし言葉を反芻しつつ早足で自宅に戻っていると、自宅の前で見慣れた女性が立っている。訝しがりながらも、愛美は駆け寄り声をかけた。
「トモ? どうした?」
「あ、マナ。ちょうど良かった。今チャイム押そうとしたところだったのよ。今時間大丈夫?」
「もちろん。家に入って」
先のイライラも忘れ笑顔で招き入れようとした刹那、背後から声を掛けられる。
「おいデコスケ。さっきは悪かったな。お茶くらい出すからウチ来いよ」
(えっ、啓介!?)
驚いた表情で振り向くと、右の頬にくっきりとビンタの痕をつけた啓介が立っていた。