トライアングル
予想していなかった単語に、誠司は返すべき言葉を見失っていた。
礼はちびちびと牛乳を啜っている。
「うらやましいって…」
「誠ちゃんは答えに詰まると人の言ったことそのまんま返すよね」
礼は他人をよく観察している。
誠司はまた何の答えも見付けられない。
「誠ちゃんの恋愛ってさ、自己完結しちゃってるよね。」
「どういう事だよ」
「半沢さんの事が好きって言ってはいるけど、告白する気も何する気も無いっしょ。それって、相手が居ても居なくても一緒っていうかさぁ」
「礼」
「片想い主義みたいに見えるっていうか、ある意味最高に自己中っていうか」
「れい」
「ほらまた、ぐーの音も出ない」
ズッと最後に勢いよく牛乳を啜って、礼は紙パックを潰した。
上下の糊付けされた四つ角を剥がし、平らにしてゆく。
「立場とか、そーゆーもんがあるんだろうけど、誠ちゃんは自分を中心に据え過ぎ」
「…それは」
「それは、何?」
「それが礼にとって、うらやましい事?」
礼は少し考える。
牛乳はもう無い。
手持ち無沙汰だった。
「んー…ちょっと違うかな」
「じゃあ何がうらやましいんだよ」
「うまくは言えないけど、誠ちゃんは半沢さんに告白しないって決めてるでしょ。それってつまり、結果が無い。それでも変わらないで好きでいられるっていうのが、こう…」
誠司は相槌すら打たない。
遠く聞こえる笑い声が、現実から離れているみたいに感じられた。
「強いなって思ったっていうか…」
「別に、強くは」
「うん、立場だなんだって言い訳して、告白も出来ないへたれなんだけどね」
礼の発言に毛細血管がぷちぷちと切れていく音を聞きながら、誠司は色々なものを懸命に堪えていた。
出来る事なら今すぐぶん殴ってやりたい。
「でも、それでも好きっていうのは曲げないんだよね。自己中だからってのもあるけど、気持ちが強い事には変わりないと思うから」
あまりに手持ち無沙汰なのか、礼は一度潰した紙パックを、また箱にしては潰すのを繰り返す。
その動作は、どこか虚構じみている。