トライアングル
達城 礼
達城礼が半沢蛍子に興味を持ったのは、武藤誠司の視線に気付いたからだった。
決して聞いていない訳ではないが、最大の集中をもってして臨む者もいない現国の授業を、誠司はやけに真剣に聞いている。
礼がそう思ったのは、席替えから程なくしての頃だった。
誠司の様子に気付いたのは、さらにそこから数日を経てのことだ。
確かに誠司は一字一句漏らさずにノートを取っているし、話も聞いているように見える。
しかし違った。
誠司は半沢蛍子が教室に入ってから出て行くまで、ずっと彼女を見ていた。
他の教師の時には見せない行動だった。
分かりやすいと、礼は思った。
周りの誰もが誠司の感情に気付かない事が、クラス内における誠司の存在感というものの希薄さを多分にあらわしている。
誠司は地味な生徒だ。
礼も殆ど誠司と会話をした事が無い。
席が隣になってからも、挨拶をする程度だ。
まずもって話が合わないだろうと、礼は勝手に決め付けていた。
聴いている音楽も、見るテレビも、きっと違う。
礼はバレー部で、誠司は美術部。
運動部と文化部のテンションの差は案外大きいものなのか、それとも二人の性格の問題なのかはわからないが、通常の状態の温度差というものが激しい。
それは変えられないと、礼は薄々感じている。
そしてそう感じているのは、礼だけではない。
クラスの多くが、誠司に対してそう思っている事だろう。
地味で、寡黙で、話が合わなくて、何かちょっと暗くて、だから印象が薄い。
そういう事にして、誠司との関わりを、誠司そのものを希薄にしている。
席替えから2週間。
礼は自分の誠司への認識が少しずつ変化させていた。
地味で寡黙なのは本当だが、話が合わないのかどうかは、話していないからよくわからない。
話題が無いから、どう話を振ったものかと考えている内に、この2週間が過ぎてしまった。
そして暗いのかどうかと問われれば、それは違う気がしていた。
寡黙な事と、性格が暗い、後ろ向きな事は同義ではない。
印象が薄いのは、本当だろう。
本当だが、寡黙なのも大人しいのも、また彼自身であって、それが印象だ。
お調子者のクラスメイトが居るように、大人しいクラスメイトも居る。
単にそういう事なのだろうと礼は結論づけた。