トライアングル
 
薄い笑みは、挑発そのものだった。
早くチャイムが鳴れば良いのにと、誠司は頭の隅で考える。

「…悪いけど、子供なんだ」

「そんなにすごいんだ、あの人」

「言う必要ないね」

「馬鹿だねぇ、誠ちゃん」

「は?」

馬鹿と言われた事に対して反論すれば良いのか、突然下の名前、それもちゃん付けで呼ばれた事に対して反論すれば良いのか、誠司には判断がつきかねた。

「そんなに勿体振ってさ、俺があの人にちょっかい出すとか考えないの?」

礼は依然、薄い笑みを崩さない。
誠司は混乱を隠すのに精一杯だが、それが礼に見抜かれているのも理解している。

チャイムが鳴った。

「あ、鳴った。次って何だっけ」

「…日本史」

「あーそうそう、日本史だ。だるー」

机の中を漁って取り出した礼の教科書は、既に表紙の端がめくれて、ページ部分も黒っぽく変色している。
一年使い込んだならまだしも、たかだか2ヶ月と少しでここまでになるのは、扱いが荒っぽい証拠だった。

誠司は小さく溜息をついた。
まだわりと綺麗な教科書を見る。
長時間持ち運べば汚れはするが、それでも礼に比べればたいした事もない。

「起立」

号令がかかる。

「礼」

そういえば、隣に居るクラスメイトの下の名前は、礼だった。

「あ、誠ちゃん」

彼は『誠ちゃん』呼びを崩すつもりは無いらしい。
誠司は今度は礼にもわかるように、溜息をついた。

「何、礼」

「……、昼飯って弁当?」

ガタガタと耳障りな音を立てて、生徒たちが席に着く。
着席の号令があったかどうか、礼も誠司も聞いてはいなかった。
日本史の教師が出席を取り始める。

お返しと言わんばかりに礼を呼び捨てにした事への彼の僅かばかりの動揺を、誠司は無視した。

「弁当だけど」

「んじゃどっかで食べよーよ」

礼の思考がわからない。
返事に困る。
教師の間延びした声が、礼を呼んだ。

「たつきー」

「はーい」

礼は誠司の方を見ずに、ノートを開いた。
利き手に持ったシャープペンシルを回してしまうのは、中学の頃からの癖だった。

「で、どうよ、誠ちゃん」

 
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