蒼い狼
プロローグ
夏。
太陽は高く登り、地上を明るく照らす。光が私たちの目の前を通り過ぎ、熱を撒き散らす。
どうして夏はこんなに暑いんだろう。汗は滝のように流れ落ちるけれど、その分涼しくなるはずもない。水分は汗腺からただただ蒸発し続ける。こんなときにスーツを着て仕事をする人たち。なんて可哀想なんだろう。
私は学生だから、そういう「可哀想な大人」たちとは違って、「セイシュンを謳歌」している。ただし、私には友人がいないので、「セイシュンを謳歌」するとは、なんとなく家の周りをふらふらと彷徨って、近所のドブ川の流れをそこらへんにいる鳥たちと一緒に見守る、それから図書館に出かけて難しそうな本を開いては、さっぱりわからん、と閉じてみたり、そういったことを指す。つまり特に何もしていない。
友人。誰にも聞こえるはずのない小さな小さな声で、「ゆうじん」と発音してみる。長い黒髪を右手の人差し指でもてあそびながら。ゆうじん。ゆうじん…。
かつては私にもいた、ゆうじん。いつからいなくなったのか。幼稚園児のときには、たくさんの友人に囲まれていたような気がする。小学校に入ってからも、いた。皆で楽しく歌を歌ったり、おうちに遊びに行ったりしていた。
中学校に進学したあたりからだろうか、私は教室で、一人きりで過ごすことが多くなった。思い出してみると、中学あたりから私には友人がいなくなったようだ。
現在、私は高校一年生。やっぱり友人はいない。ひとりもいない。逆説的ではあるけれど、それが苦痛でないあたりが、私に友人がいない理由の一つなのかもしれない。ああ、でも、教室で話しかけてくる人はいる。
「佐倉さん、一緒にお昼ご飯食べない」
とかなんとか。こじつけみたいな話しかけ方をするから、私はあんまりこの人が好きじゃない。名前、なんだっけ。確か、学級委員だったか。責任感とか義務感で、一人ぼっちの私を見捨てておけないらしい。
私は毎回そのありがたいお誘いを丁重にお断りする。すると彼女の顔には、なんともいえない表情が浮かぶ。どう表現したらいいものか。
『私がせっかく誘っているのに』の顔?
いや、なんかちょっと違うような。
『どうして毎回断るのかしら、一人の癖に』の顔?
こっちの方が近いか。たぶん学級委員であろうこの女性自身も気づいていないような感情である可能性は高いため、これ以上の考察は無駄であると考えられる。
でも、私は決して苛められていない。これは見栄でも虚勢でもなくて、事実。靴の中に画びょうを仕込まれたり、トイレの個室に水入りのバケツが降ってきたり、そんなことは一度もないし、教室にいたら、リーダーっぽい女子グループに自分の悪口を大声で言われることもない。
皆、優しいのだ。進学校でもある私の高校には、頭の出来だけでなくて、人間としての中身も上等な生徒が集うらしい。性格もよくて頭もいい。だから、クラスメイトたちは私のことを『少し変わってるけどいい子だよね』と評価しているようだ。ようするに、無関心なんだろう。表面上の優しさは時に無関心から生まれる気がしている。
私はそれが心地いい。誰も私の世界に干渉せず、私も彼らのコミュニティを侵害しない。
誰も傷つけないし、誰からも傷つけられない。
自分だけの孤独に飼いならされる、その感覚を私は心底愛していた。
『彼』と会うまでは。