LB4
「やっと俺のこと、男として見てくれるようになったって感じですね」
顔を上げた相澤さんは、また“女の顔”になっていた。
彼女の貴重なこの顔を、他の社員になど見せたくない。
特に松本課長には、決して見せてはいけない。
ここはパーテーションで仕切られているだけの簡易的なミーティングスペース。
俺は椅子のキャスターを転がし、彼女を周囲から隠せる位置へと移動した。
「もうやだ。落ち着かねー仕事にならねー何なんだよこれ」
俺のせいで余裕を無くしている彼女が、愛しくてたまらない。
「俺は大きな目標が達成できて、入社以来最も晴れやかな気持ちですけどね」
「ふざけんな」
「ふざけてませんよ。俺はずっと相澤さんが好きだったんですから」
どさくさに紛れて告白すると、彼女はまた顔を可愛らしく歪めた。
好きだなんて、恋人がいる彼女を困らせてはいけないと思ってずっと言えなかった。
けれど、浮気までさせてしまったのだから、もう隠しても意味がない。
「そういうことを今このタイミングで言うな」
「じゃあ、いつなら良かったんですか」
「知るか。あんた、あたしを追い込むためにわざとやってんだろ」
「当然です。相澤さんが俺のことしか考えられなくなってしまえばいいって思ってますから 」
「あんたはいったい……あたしとどうなりたいんだよ」
「そんなこと聞いて、どうするつもりなんですか」
唯一無二の恋人になりたいですよ。
これから区役所に行って婚姻届を出してもいいって思えるくらいには本気で好きです。
毎日あなたを抱き締める許可をください。
二人きりになったらキスをする資格をください。
嵐の夜の幻にしないでください。
そう口に出せと?
「質問で返すな」
「だって、答えるだけ虚しいじゃないですか」
「はぁ?」
「相澤さん、彼氏いるくせに」
その男と別れる気あるんですか?
俺にだって男なりのプライドがあるし、打たれ弱いガラスの心もある。
おめおめフラれて無駄に傷つきたくない。
当たって砕けろとか、男ならもっとハッキリしろとかいう励ましは、無責任にも程がある。
相澤さんは何も言い返さなかった。
言い返せなかったのだろう。
どうせ俺の希望には、応えられないのだから。
だからあんたなんか、しばらく俺に振り回されてしまえばいいんだ。